第17.2話 二日目。午後。氷室神社(後編)
二日目。午後。
「ねーまだー? あーしこれでもけっこー忙しー人なんで早くして欲しーんですけどー?」
「あっはい。すみません。今包んでるのでもう少しお待ちください」
咲久に代わって授与に
けれどそうやって顔を上げてみると、自分の前にいたのは年配の女性。とても今みたいな言葉使いの人には見えず。
「あ。ゆっくりで大丈夫よ。おばさん、別に急いでないから」
「あっはい。ども……」
もしかして空耳? 気まずくなった陸は包装に集中した。
海斗のおかげで苦手意識のなくなった対人業務だけど、さすがにこれは恥ずかしい。
「はい。お待たせしました」
それでも陸は、授与品を手渡すと頭を下げた。
今日は連休中だけあって人が多い。これだけ人でごった返していれば、聞き間違いの一つや二つあったって、別におかしい事じゃない。
「お待ちの方ー!」
けれど、そうして陸の元にやって来たのは、客なんかじゃなくもっと別の存在で――
(はっ!? いかん! いかんぞ、陸よ! 娘が――)
なにかを感じ取ったらしい彼女が、奉仕中は黙っているという約束を
◇ ◇ ◇
「すんません!
「わあっ!?」
陸は、次の客がそこに立っていたのにもかまわずに、窓口から飛び出した。
咲久は今、観光客に捕まりっぱなしで
「ちょっと通して!」
陸は、自分でも信じられないぐらいに声を張り上げた。
授与所から小路まではわずかに数十メートル。
けど、何もなければほんの数秒で済むような距離も、これだけ人で溢れ返っていると進むこともままならない。
「通して!」
陸は戸惑う参拝客の間をすり抜けるように咲久の元へと急いだ。
これから何が起きるのか分からない。けど、何かが起きると分かってるのに咲久の所に行かないなんてのはあり得ない。
「ああくそ。退いて!」
(何をもたついておる。急げ! 急いで急いで急ぐのじゃ!)
せっつく奇稲田の声に押されて、陸は小路に群がる観光客を掻き分けた。すると、そこにいたのは――
「サク!」
「え? な、なに?」
必死の
良かった。無事だ。観光客の無茶振りを断り切れず、恥ずかしそうにポーズをとっている。
(
「
「え? なに!?」
急かす奇稲田。腹を
陸は、咲久を破滅から守るべく、彼女に飛びついた。
▽ ▽ ▽
ところで、
アーチ状の絵馬掛けをいくつも連ねてトンネルにしたその小路には、
そんな景色だったからこそ、最近では
△ △ △
「ちょ、なに!? やめてよ!」
陸に押されるように壁際に追いやられた咲久が、悲鳴みたいな抗議の声を上げていた。
「サク! 大丈夫か!?」
「大丈夫ってなにが!? 全然大丈夫じゃないから退いて!」
「ええっ!?」
咲久の言葉に、戦慄が走る。
もう既に破滅が!? 陸は咲久の
そう言えば咲久、いつもよりも顔が赤いような気が。
「病院……や。救急車――!」
陸は焦った。
破滅と言うのが病気的なものだとしたら、自分じゃ防ぎようがない。もしそうなら、自分にできることなんて最初からなかったんじゃ……
「ああもう! なんでもいいから退いてよ!」
けれど咲久はすこぶる元気なようだった。
彼女、自分の顔にかかった陸の手をパシッと払いのけると、ひょいと屈んで陸の守りから潜り抜けたのだ。
「急に何してくれてんのよ!? こんなことしてどうなるか分かってんの!?」
と、乱れた
陸は、そこで初めて周囲の様子に気が付いた。
「WAO! Ⅰ know that’s KABEDONG! The first time I saw!」
「灿烂! 这是日本人表达爱意的方式吗?」
「ちょ、邪魔すんなし。せっかくいいトコ入ってたのに」
あ。そう言えばここ、観光客の撮影会場になっていた気が。――陸がそのことに気が付いた時、すでに手遅れになっていた。
撮影会参加者だった観光客諸氏が、それぞれの言葉で好き勝手なことを言いながら、スマホをこちらに向けている。
「どうすんのこれ? わたしたち、世界の
「ええ……」
相当に怒ってらっしゃる咲久と、どうすんのと言われたってどうしようもない陸。
どうしてこうなった? 自分はただ咲久を破滅から守りたかっただけなのに。でもその結果が咲久を怒らせただけで、しかも破滅は来そうにないなんて、あんまりと言えばあんまりの結末。
陸は泣きたくなった。しかし――
(なにを呆けておる! まだじゃ!)
奇稲田の厳しい声が飛んだ。
そして、
――ゴ、ゴゴゴゴ……
と、彼女の警告に呼応するように振ってきた雷鳴のような、地鳴りのような重低音。
「ん?」
陸は上を向いた。
雷? いや。
「っ!? サク!!」
「きゃ!?」
ドダンッ! ガダダダッ――!
陸が咲久を押し倒したのと、落雷にも似た連続音が境内に鳴り響いたのは、ほぼ同時のことだった。
◇ ◇ ◇
「痛ったあ……今度はなに?」
陸に押し倒された咲久が、うんざりしたように言った。
けれど彼女、すぐになにかに気付く。
今、辺りは悲鳴や怒号で騒然としていた。
そしてどこから落ちてきたのか、地面には沢山の絵馬。
ほんのちょっと前とは何もかもが違っていたのだ。
「大丈夫か、サク?」
上に覆い被さった陸が、咲久を心配した。
「あ、うん。でもなんなの?」
「えっと……ん。オレも分かんね。ほら」
ちょっと考えてから立ち上がった陸は、咲久に手を貸す。
そうして立ち上がった咲久は、あらためて周囲を見回した。
するとそこにあったのは――
「うそでしょ……」
咲久は絶句した。
――まず視界に飛び込んできたのは、あらゆる所に散らばった無数の絵馬だった。
絵馬、絵馬、絵馬……
そしてその絵馬に導かれるように視線を移してみれば、そこにはあったのは、折れ、倒れ、無残な姿になった柱の数々。
それらが示すことは、つまり――
「ここ……絵馬小路、だよね……」
ついさっきまで立っていたはずの絵馬小路が、完全に崩落していた。
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