第7話 神託5W1H

「あー……で、そのクシナダ様は、今日はどんな御用で?」


「そなた、なんかわらわの扱いがぞんざいな気がするのじゃが……」


 りくが尋ねると、奇稲田くしなだが不満そうな顔を見せた。


 実はさきほど、彼女があんまりうるさいものだから、陸は唯一知っていた祝詞のりとを試しに一つ捧げてみたのだ。

 けど、彼女はそれのなにが気に入らなかったのか、そんな不満を漏らしていて……


「ぞんざいって……そんなことないです」


 陸はぞんざいに答えた。


 陸は、もうなんでもいいから早く移動したくて仕方がなかったのだ。


 その理由はこの辺の暗さ。


 時刻はもう6時を過ぎている。五月のこの時間は丁度日没の時刻だ。


 いくらこのもり氷室ひむろ神社の境内けいだい――つまり、咲久の家の敷地内だと言っても、これだけ暗い場所で高校生の男女が二人きりともなれば、周りからあらぬ疑いをかけられかねない。


(ここはマズいって……サクの家族に変な誤解されたくないし)


 陸は焦っていた。


 元々神社の仕事に興味があった陸だけど、奉仕するにあたって神社ならどこでもいいという訳ではなかった。


 熊野。八幡はちまん御吉野みよしのに東照宮……


 古都川薙かわなぎには名のある神社はいくつもあるけれど、その中でも特にと氷室ひむろ神社を選んだのはひとえに咲久の実家だったからこそ。


 そんな陸だから、あらぬ誤解を招きかねない今の状況は、とても好ましくないものだった。




「まあよい。こうして現れてしまった以上、何もせずに帰ると言うのもアレじゃし……で、小僧。わらわが先ほどかけてやった言葉、よもや忘れてはおるまいな?」


 いつの間にか折り合いを付けてくれたらしい奇稲田が尋ねた。


「え? あ~……と。スミマセン。なんの話でしたっけ?」


「なんとっ!?」


 ろくに思い出そうともせずに返事する陸に、ひどく驚く奇稲田だ。

 自称神様の彼女にしてみれば、せっかく授けてやった言葉を華麗にスルーしていたなど、不遜ふそんはなはだしいと言いたいのだろうけれど……


「さっき申したであろう! 娘の身に破滅がせまっておると言う話じゃ!」


 案の定、奇稲田は怒った。


「ああ! そう言えばそんなこと言ってたような――って、え? 破滅? 破滅ってあの破滅?」


 そして遅ればせながら、彼女の言葉を思い出した陸。


「どの破滅か知らんが、おそらくその破滅じゃ」


「え? なんで? だれが?」


嗚呼ああ……そなた本当になーんにも聞いておらなんだのじゃな……」


 矢継ぎ早に尋ねまくる陸に、奇稲田は呆れた。


 ◇ ◇ ◇


「破滅ねえ……それってサクのことですか!?」


 ただ闇雲にわめき散らしているだけだと思っていた言葉が、実は神託しんたくだった。そのことをようやく理解した陸は、あらためて確認した。


「わらわは娘と申しただけじゃが、他に心当たりがなければそうなのじゃろうな」


 と、奇稲田。彼女、やっと本題に入れてほっとしているのか、案外優しい。


 そして、そんな奇稲田からさらに情報を貰おうと質問を続ける陸なのだけど……




「それ、いつですか?」


「それは分からぬ」


「え? じゃあ、どこで?」


「それも分からぬ」


「……えーと……どうやって?」


「それこそわらわには存ぜぬこと」


 回を追うごとに、雲行きが怪しくなってゆく。


 これ、聞く意味あんの? そう思えるほどに何の情報も出てこない。


「ああもう! じゃあ何なら分かるんすか!?」


「ええい! うるさいわ!」


 たまりかねた陸の最後の質問に、逆に怒りだしたのは奇稲田だった。


「なんでもかんでも聞けば教えてもらえると思ったら大間違いじゃ! 少しは自分で知る努力をしてみよ! さすれば人に聞かずとも何かしらの情報が得られることもあろうに! おぬしそういうトコじゃぞホントに!」


「え? あっはい。すみません……」


 奇稲田のあまりの勢いに、つい謝った陸。


 確かになんでもかんでも人から聞き出そうとするのは陸の悪い癖で、そう言う意味じゃ自分が悪かったのかも知れない。

 でも、「友達が破滅しますよ」と、神様から告げられて、「はい、分かりました。じゃああとのことは自分でやりますんで」となる人間なんて、果たしてこの世にいるのだろうか。いや。いない。


「ま、分からぬとは申しはしたが、全く分からぬと言うことでもない」


 納得いかない怒られ方でモヤモヤしていた陸に、奇稲田が尊大に告げた。


「――じゃが、残念なことに今のわらわに予見できることはかなり限られておっての……そう。今分かることと言えば、場所ならこの川薙のどこか。時なら……ん~まあ……五? いや。七……日? ……以内? うむ。まあ、そんなところじゃな」


「はあ、そうなんすか」


 奇稲田のお告げに疑わしい目を向けた陸。


 彼女の示した七日――一週間という期間は、驚くべき時間のなさで、それが本当なら焦る気持ちも出てくる。けど、せっかくの神託も全然信じたくないほどにその内容がふわふわし過ぎている。


「それ、ホントに合ってます?」


「何を申す! 無論じゃ! わらわの言葉に嘘偽りはない」


 神託ってこんないい加減な形で行われるものなの?


 本当は咲久が自分のことをからかってるだけなんじゃ? そう、思わずにはいられない陸だった。

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