第6話 咲久(?)、正体を明かす

「よいか? 心して聞くのじゃぞ」


 今の咲久は、咲久さくだけど咲久じゃない。――異変に気付いたりくは、そんな彼女の自己紹介を、じっと見守った。

 すると彼女は――


「わらわの名は稲田いなだ。この川薙氷室かわなぎひむろ神社にまつられし五祭神ごさいじん一柱ひとはしらにして中津国なかつくに一の美姫びきじゃ! そう! 天上天下てんじょうてんげほまれ高き、奇稲田姫命くし・いなだひめのみこととは……あ、むんっ! わらわのぉ~ことぉ~じゃあ~!」


 それは、まるで歌舞伎の効果音とかが付きそうな自己紹介だった。

 咲久は、大げさに大げさを掛け合わせたみたいな大見得おおみえを切ると、そう名乗ったのだ。


「……はぁ」


 陸は、そんな咲久に胡乱うろんな目を向けるしかなかった。


 ……と言うか、こんなことを言い出す幼馴染に、胡乱以外のどんな目を向ければいいのだろう?


「あの、サクさん……大丈夫ですか?」


 いよいよ心配になった陸は言った。


 あの時・・・、咲久は頭でも打っていたのだろうか? まさかよりもよって奇稲田くしなだ姫を自称するなんて。


 ▽ ▼ ▽


 奇稲田姫命くし・いなだひめのみこと。日本神話に出てくる神様の一柱。奇稲田姫くしなだひめ


 八岐大蛇やまたのおろち伝説に出てくる姫で、大蛇の生贄にされかかっているところを、通りかかった素戔嗚尊すさのおのみことに助けられ、夫婦になる。


 そう言う役どころの姫で、決して美姫とかそう言う設定とかはないはずなのだけど……


 △ ▲ △


「どうじゃ? 分かったのなら、ほれ。わらわをおそあがめよ。なんなら祝詞のりとの一つも捧げるなどしても、苦しうはないぞ」


「はあ……」


 ドヤァっと誇らしげにふんぞり返る自称・神様に、陸は生返事をした。


 今、目の前にいるのが咲久じゃないと感付いたまではいいけれど、よりによって「自分は神様ですよ。高貴ですよ。キレイですよ」だなんて自称する人と円滑にコミュニケーションできるスキルなんて、陸は持ち合わせていなかったのだ。


 けれど咲久神様は、そんな陸の返事がお気に召さなかったようで。


「なんじゃその気のない返事は? わらわ、神じゃぞ神! 人の子であれば祝詞の一つも捧げて崇めるのが当然の勤めであろうに」


「それはまあ、はい。そうなのかも知れないデスが……」


 塩味強めの返事を非難されて、困った陸。


 変なヒトに絡まれてしまった。と言っていいのだろうか? できるなら逃げ出したい。

 けど、元が咲久なだけに、完全に放置することも、手荒く扱うことも躊躇ためらわれるし、どうすればいいのやら。


「――だったらほれ。早うにわらわを崇めよ。さすればわらわもやぶさかではなくなるゆえ、そなたにさらなる神託しんたくの一つも授けてやろうかという気になるかも知れぬしじゃな……」


「はあ……」


 なにやら自分の機嫌取り方について、講釈こうしゃくを垂れ始めた咲久/奇稲田。


 なにこのヒト。ホント困るんだけど。


 陸は彼女を元に戻す方法を考えた。

 けれど、残念なことにこんな珍現象を解決する方法なんて、並の人間に思いつくはずがなかった。

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