〇〇〇の神の申す事には

第５話 咲久、憑かれる

「は？　なに言ってんだサク？」

　突然わけのわからないことを言い出した咲久（さく）に、陸（りく）は冷めた言葉をぶつけた。

　けれど、咲久には陸の怒りなんてまるで通じていないのか、きょとんと首をかしげると、こんなことを言い出す始末で……

「ん？　なんじゃそなた？　わらわの言うこと、聞こえておらなんだのか？」

「っぐ……！」

　陸は爆発しそうなのを必死に抑えた。

　これでも陸は本気で心配していたのだ。なのにこんなナメくさった口調で煽（あお）ってくるなんて、咲久は一体どういうつもりなのか！？

「あのさあ……お前、ふざけんなよ……変な言葉使ったりしてねえでさあ……」

　陸は努（つと）めて冷静になって、咲久を諭した。

　このままじゃ爆発する。でも、感情のまま彼女に当たり散らすのもなんか違う。

　どうにかして怒りを鎮めようとする陸だ。

　けれど咲久は、その変な口調を改めようとはせず、

「ん？　なんじゃ？　なんぞ申したか？」

　聞こえぬ。と、耳に手を当ててますます煽ってくる始末。

　これにはさすがの陸も我慢の限界だった。

「サク！　テメェいい加減にしろよ！」

　陸は咲久に詰め寄ると、そのまま彼女の耳目がけて思い切り怒鳴り付けた。

「ひえっ！？」

　その勢い、今度は咲久が尻もちをつく。

「な！？　なにをするんじゃそなた！？　そんな、人の耳元でいきなり怒鳴り付けおって！？」

「いきなりじゃねえ！　ざけんなってんだよ！　なんだお前。急に悪ふざけしやがって！」

「わ、悪――？　わらわが！？」

　あれだけやっても心当たりがないのか、咲久が困惑する。

「他に誰がいんだよ！？　さっきから人をおちょくりやがって！　大体あんな変なモンにホイホイ触りに行く時点でおかしいんだよバカっ！　もうちょっと警戒するとかしねえのかよ！？」

「え？　あ……うむ。そう……かも知れぬ……のか？」

「そうなんだよ！　そのあとだって帰ろうっても反応がねえから、オレ、お前に何かヤバいのが憑（つ）いたんじゃねえかとかって……！　……それを……お前……」

　陸は一方的にまくし立てた。

　けど彼、その裏では鼻の奥にツーンとする物がこみ上げていた。でも、ここでその辛（つら）さに負けるのは違う。

　彼はズッと鼻をすすると続けた。

「オレはそういう悪戯（いたずら）は大っ嫌いないんだよ！　もう二度とやんなよ！」

「あ。うむ……なんか……すまぬ」

　心配と怒りを同時にぶつけられて咲久はしょぼんとした。けれど――

「口調！」

「あ。はい……あの、ごめんなさい……です。もうしません」

　咲久は今度こそ本当に謝った。ほんの思い付きからやってしまった悪戯を。そのせいで陸に悲しい思いをさせてしまったことを。

　けど、これは普段から仲のいい二人だったからこそ起きたすれ違い。だからこうして仲直りできたのなら、これを機に二人の絆はこれまで以上に強くなって――

　◇　◇　◇

「――て、ちっがーう！」

　咲久が喚（わめ）き出したのは、それから、じゃあ一緒に社務所（しゃむしょ）に戻ろうか、となった時のことだった。

「あ？　なに？」

　急に地団駄（じだんだ）踏み出した咲久に、またかと陸。

「なんでじゃ！？　なんでわらわが謝らなければならぬのじゃ！？　わらわはそなたらを案じてわざわざ現われてやったと言うに！　そんなこと言うならわらわ、もうそなたには手ぇ貸してやらぬからなっ！」

「……ホント、なに言ってんだサク？」

　ぷくぅっと頬を膨らませてご機嫌斜めっぷりを表現する咲久に、逆に心配になった陸。

　やっぱりさっきのあれ（・・）が良くなかった？　でもどうすれば元に戻るのか、陸には皆目見当がつかない。

「大体なんじゃおぬし！　わらわと大事な女子（おなご）との区別もつかぬとは……目ん玉ひん剥（む）いてよっく見てみい！　わらわ、本当にそなたの好いた娘かえっ！？」

「はぁ！？　なななな……きゅ、な、急にな、なに言って！？」

　陸は取り乱した。どうすれば咲久を元に戻せるかなんて考えてる場合じゃない。

　どうして咲久は急にそんなセンシティブなことを言い出したのか？　陸は、耳が真っ赤になるのも無視して思考回路全開で考え始める。

　何かの仕返しだろうか？　でも心当たりがない。

　じゃあ、さっきの悪戯の延長？　でも今の今、怒らればかりで、またやらかすようなサクでもない。

　じ、じゃあ、もしかしてサクは自分のことが嫌いで、そのことを伝えようと？

　それだけはないと思いたい。けど、さっきから彼女の言動の意味がちっとも分からない以上、絶対にないとも言い切れず――

「――て、あれ？　……サク？　……や……アンタ、誰？」

　突然、得も言われぬ違和感に気付いた陸は、アワアワと慌てるのをピタリと止めた。

「やーっと気付きおったか」

　陸の誰何（すいか）に、咲久はふふんと笑った。

　この未熟者め。と、まるで不肖（ふしょう）の弟子を試す師匠みたいに。

「――しかし、そうじゃな。言われてみれば、わらわまだこの名を名乗っておらなんだか……よし。せっかくじゃから教えてやろう」

　咲久はさも尊大そうに宣（のたま）うと、自身の紹介を始めた。