第8話 神宝授受

「あー、つまり要約すると……一週間以内にサクは川薙のどこかで破滅する。ってことで、合ってます?」


「む。そなた、なかなかやるのう。わらわの授けた言葉、よくぞ読み解いた」


「はあ、どうも」


 りくは、さほど嬉しくもないような奇稲田くしなだの賛辞を、とりあえず素直に受け取った。

 この程度のまとめなら小学生にだって――なんて、つい口が滑りそうになったけれど、それを言ってしまったらたぶん……いや。絶対にこの神様は怒る。それは面倒以外の何物でもない。


「ときにそなた。名はなんと申す?」


 陸の気遣いを知らない奇稲田が、そんなことを尋ねた。


「あ、そっか。オレ……」


 はっとした陸だ。

 自己紹介。向こうはしてくれたのに、自分はまだだったなんて。気付かされた彼は、居住まいを正した。

 

 すると奇稲田、そんな陸を見て、


「――ん? ふうむ。なるほど。陸、か……では陸よ。そなたにつかわす物がある」


「……オレ、まだ何も言ってないんだけど」


 自分を置き去りにして話が進んでしまい、困惑する陸。


 知ってるなら、いちいち聞かないでほしい。――さっきの咲久さくの件もそうだけど、陸はこうやって人で遊ぶようなタイプが得意ではないのだ。


 けれど相手が神を自称している手前、そのことを注意してよいものなのか? 悩む陸なのだけど、と……


「つーか、なんでオレの名前知ってんです?」


「ほほう。これは異なことを」


 陸の当然の疑問に、奇稲田は微笑ほほえんだ。


 けれど返ってきた答えはそれだけ。彼女は今のやり取りなんてなかったかのように、


「ほれ。早うせい。手をこれへ」


「え? あ。えーと、ハイ」


 有耶無耶うやむやにされた陸は、それでも手を出した。

 すると奇稲田、彼の手に自らの手をそっと被せてきて、


「よいか? これを遣わすにあたって、そなたに言うておかねばならぬことがある」


「あ。これってさっきサクが触ったやつ?」


 手の中に金物のような冷たさを感じた陸は言った。


「うむ。その通りじゃ。よいか、心して聞け? これはかつて、わらわの御神体ごしんたいを務めておった神宝の欠片じゃ。今となっては時と共に忘れ去られし遺物いぶつに過ぎぬが、それでも粗略そりゃくに扱うにはおそれ多き物」


「なんでそんな物をオレに?」


「ふふ……」


 陸の疑問に、奇稲田はまた微笑んだ。


「その欠片には、秘められし力があっての」


「秘められし、力?」


「うむ。それを持っておるとな……ああいや。わざわざ言うこともあるまいか」


「ええ……」


 陸は嫌な顔をした。


 もったいつけずに教えて欲しい。もし危険があるんなら今この場で捨てるから。


「どうじゃ? 大事にできるな?」


「あ。えーと……ハイ。えと。ありがとう……ございます?」


 優し気な奇稲田に、陸は戸惑いながらお礼を言った。


 奇稲田はちょっとメンドクサイ性格だけど、だからと言って狐狸妖怪こりようかいとか、悪鬼怨霊あっきおんりょうたぐいとも思えない。


 それに咲久の破滅まで最長でも一週間しかないのに、ほぼノーヒントの状態からのスタートじゃ、対策を講じることもままならない。


 だったらちょっとぐらい危険だったとしても、奇稲田の厚意にすがってみるのも、いいかも知れないのだ。


「む、もう頃合じゃな。手を離すぞ。わらわの手がこの神宝から離れれば、娘の憑依は解け、目を覚ますが……準備は良いな?」


「え? あ、ちょっ。そんな急に――」


 突然すぎる奇稲田の宣告に、陸は慌てた。

 まだ何の準備もできていないし、神宝のリスクとか確認したいことだってある。


 けれど奇稲田は陸の答えを待つことなく、一方的にその手を神宝から離してしまい……




「うわっ!」


 奇稲田/咲久の体から閃光が抜け出たような気がして、陸は思わず目を逸らした。


「う……」


 そして、またしても光に目をやられた陸。残像が残る視界に苦闘していると、奇稲田の声がどこか遠くから聞こえてきて……


――それにしてもそなた、中々に善き手の持ち主じゃな……そなたはきっと縁に恵まれた人生を歩むことじゃろう――


 この言葉を最後に、奇稲田の気配は消えた。




 こうして、神様との邂逅かいこうという、信じがたい体験をしてしまった陸。


 けれどこれは夢じゃない。

 はっきりと頭に残っている彼女の言葉と、この手に握られた冷たく硬い神宝の感触が、そのことを雄弁に物語っていた。

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