第4.1話 咲久、祠に触れる(前編)

 咲久が見つけたそれ・・とは、ぽうっ……となんとも不可思議ふかしぎな光を放つ、ほこら残骸ざんがいだった。


 ◇ ◇ ◇


「なんだこれ?」


 見たことのない現象を目の当たりにしたりくは、警戒しながら言った。


「さあ? なんだろね?」


 とは、この現象をあまりおそれていないらしい咲久。


 彼女はこの謎の発光現象を認めると、手が届きそうなほどの距離でしゃがみ込んで、不思議そうに眺めた。


「あ。ちょ……あんま近付かない方が……」


「平気平気。あ、それともなに? もしかして、怖い?」


「そ、そんなわけあるか!」


 強がった陸。


 しかし実際、彼は怖れてはいなかった。彼が感じているのは畏れ・・

 畏れ・・怖れ・・。この二つは違うものなので、別に嘘はついていない。


「あ。でもなんかこの形見たことある気がするんだけど。えと、なんて言うんだったっけこれ? ……神棚かみだな……じゃなくて、あの小っちゃい神社のやつ……」


「小っちゃい神社のやつって……」


 陸は脱力した。


 こいつ、本当に神社の娘なのか? そんな頓珍漢とんちんかんな答えが出てくるなんて、この家の教育はどうなってるんだ?


「あのなサク。こう言うのは祠って言うんだよ。ほら、表の方にも厳島いつくしま社とか三峰みつみね社とか似たようなのあるじゃん。あれとおんなじ」


「そうそれ! えと、たしか拙者、抹茶だっけ?」


摂社せっしゃ末社まっしゃ。な」


「ああうん。セッシャマッシャね……でもそれって、結局小っちゃい神社となにか違うの?」


「……」


 咲久の質問に、ちょっとげんなりした陸は無視した。


 さすがにそのぐらいのことは知っていてほしい。けど、今こうして憶えてくれた(?)のなら、そこでさらにツッコむのも野暮と言うもの。


「でもこの祠、なんで光ってんだろうな?」


「さあ?」


 答えが見つからずに首をかしげる二人。


 暗闇で光るものと言えば、小学校の時、社会科見学で行った吉見百穴よしみひゃくあなを思い出す。でもあれはヒカリゴケがその光源だったはずで、この祠にそれらしいものは見当たらない。


「うーん……?」


 陸はますます首をかしげた。


 すると咲久、間近で祠を見ていたおかげか、光の大元を見つけたようで――


「あ。これ!」


「あっ、ちょバカ! 触るなって」


 陸は慌てて止めに入った。けど、咲久はもうその何か・・・・に触れていて――


「――うわっ!?」


 陸の悲鳴が、夕闇の杜に響いた。


 ◇ ◇ ◇


 それは、ほんの一瞬の出来事だった。


 あまりにも不用意な行動だ。咲久が、謎の光の源に触れてしまったのだ。


 するとその瞬間、それまでぼやぁとしていただけの光が、カメラのフラッシュみたいな閃光に変わり……そして、そのまま消えたのだ。




「……な、なんだ……今の?」


 きつく閉じたまぶたを、ちょっとずつ緩めながら陸は呟いた。


 今、この杜は元の通りに暗い。外から届く街の明かりと喧騒も、いつも通りにどこか近くて遠い。


 不意のフラッシュ現象のせいで、陸の目にはチカチカとした残像が現れていた。


 なんだこれ? もしかして、夢? ――まるでぬるま湯にでも浸かっているみたいなべっとりとした感覚がそう思わせる。


 けどその一方で、未だにはっきりと見えてしまっている残像と、異様なまでにシャッキリハッキリしている意識が、やっぱり夢じゃないんだとも告げている。


「なあサク。もう行こう……なんかここ、ヤバいよ」


 奇妙な焦燥感を覚えた陸は、咲久に声をかけた。


 けれど咲久は、そんな陸の言葉には全く反応せず……


「サク?」


 自分の言葉が届いていない。陸はもう一度声をかけた。


 けれど咲久、やっぱり反応らしい反応はしてくれなくて。


「おーい、サクさーん?」


 陸はお道化どけてみた。けれど彼女はピクリともせず。


 咲久になにかあった!? ――陸は焦った。さっぱり意味が分からない非科学的現象だ。そんな変な物に触ってしまった彼女の身に何が起きたって、何の不思議もない。


 陸の脳裏に、不吉な想像がよぎる。


「サク! おいサクっ!」


 いよいよ焦った陸は、とうとう彼女の肩に手をかけた。


 どうか、頼むから……! そんなことをどこかの誰かに祈って、咲久が応えてくれるのを願う。


 すると――


「んああ~っ! やったぁ! っさしぶりの現世うつしよじゃあっ!」


 急に立ち上がった咲久は、そんなことを言い出した。

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