第3話 咲久と陸、祠を見つける

 会話の内容からも分かる通り、咲久さく氷室ひむろ神社の娘だった。


 ▽ ▼ ▽


 氷室咲久ひむろさく。16歳。

 茶屋・むすひの隣にある川薙かわなぎ氷室神社宮司ぐうじ家の娘。

 県内屈指の公立進学校・川薙女子高等学校1年生。


 何者にも物怖ものおじしない快活さが売りで、そしてちょっと雑。良くも悪くも自分に正直なところがあるせいで、たまーに要らんトラブルに巻き込まれることも。


 △ ▲ △


 そしてもう一方のりく。こちらはごく普通の家庭の長男だ。


 ▼ ▽ ▼


 りく

 咲久と同じ中学出身の高校1年生。15歳。


 幼少の時に、氷室神社にほど近い雲雀町うんじゃくちょうに引っ越してきたクチで、高校に入ったのを機に、氷室神社で奉仕ほうし(バイト)を始めた。


 彼の通う県立川薙南高等学校は、川薙女子にこそ及ばないものの、それなりに良い高校。

 でも得意科目が理系に寄りまくっていた彼は英語の成績が壊滅的。

 だから今日は咲久先生に指導をたまわりに来ていたのだ。


 ▲ △ ▲


 夕方――




 咲久との勉強会も終わり、神社での奉仕に精を出していた陸は、本殿の裏に広がる鎮守ちんじゅもりを一人で掃除していた。


「さすがにちょっと冷えるな」


 陸は手を止めると周囲を見回した。

 辺りはもう夕暮れの影で埋め尽くされている。


「つっても、参拝者の相手すんのもヤだしな……」


 つい本音が漏れた陸。また手を動かし始める。


 彼は人見知りなのだ。だからこんな誰も来ないような所を掃除していたのだ。

 でも、ならどうして神社でなんか奉仕バイトしているのか? それは――




「リクー」


「うーい」


 表の方から聞こえてきた呼び声に、陸は応えた。


 この声。どうせあいつだろう。


「ちょとリク! 何でこんなとこにいんのよ? 寒いんだけど!?」


 文句を言いながらやって来たのは、やっぱり咲久だった。


 けれど陸、そんな意外でも何でもないはずの彼女の登場に、なぜかポーっとしてしまい……


「……なに? じろじろ見て」


「あっいや! なんでもない!」


 陸は慌てて弁解した。


 陸が一瞬ほうけてしまった理由。それは咲久がお巫女さんの恰好をしていたからだ。

 そのあまりにも似合い過ぎる格好に、ついつい陸は見惚れてしまったのだ。


「で、なんか用?」


 陸は、ドギマギしている自分をひた隠しにして尋ねた。


「あ、うん。宮司ぐうじ社務所しゃむしょに来てって」


「宮司? なんで?」


「さあ? ぼーっとしてばっかりいるから、クビにするんじゃない?」


 たった今の出来事を、ケラケラと笑う咲久。


「でもリク、ホント何でこんなトコいんの? 探した上に寒いんですけど?」


「何でって言われても、ここだって境内じゃん」


 もう五月だと言うのに、それでもまだ寒い寒いと言いまくる咲久に、陸は困った。


 確かにここは冷える。けど、それでもそんなふうに縮こまるほど寒くはないと思うのだけど。


「ええ~? でもこんなとこ掃除したって、どうせ誰も見ないでしょ?」


「神様が見てるんだよ。そんなこと言ってると、その内バチが当たるからな」


 陸はムッとした。


 まったく咲久ときたら、神社の娘だと言うのに境内を清浄に保つことがムダだなんて、意識が低すぎる。

 本当にバチが当たるかはさておくとしても、咲久は神様に対してもうちょっとちゃんとした方がいいと思うのだ。


 けれど咲久、そういうことには興味がないらしく、すでに別のことに関心を示していて――


「へー。ウチってこんなトコあったんだー」


「ちょ、聞けっての」


 忠告を聞いてくれない咲久に、陸はますますムッとした。けれど彼女は、


「ねえリク。リクはウチにこんなトコあったの知ってた?」


「や。『知ってた?』て……知ってたから、オレ今ここを掃除してたんだろ?」


「だよね。良かった。知らない場所を掃除してたとか言われたら、わたしどうしようかと」


「なんじゃいそりゃ」


 陸はたった今までムッとしてたのも忘れてツッコんだ。


 ◇ ◇ ◇


「んじゃ、オレは戻るわ。サクは?」


 掃除を切り上げた陸は、尋ねた。


「わたしだって戻るわよ。こんなトコ来たせいでなんか冷えちゃったし。」


 堪えた咲久。

 けれど彼女、言葉の最後の方を呑み込むと、いぶかししそうな目をして……


「ん? なんだ? どした?」


 咲久の視線が自分の後ろにある。気付いた陸は後ろを向いた。


 どうやら咲久は、陸の背後になにかを見つけたらしい。

 けど、陸にはどうやったって杜の影が広がっているようにしかしか見えなくて……


「なに?」


「うん。ほらあれ……そこの木、根っこの所にうろがあるでしょ? そこがなーんか光ってるように見えるんだけど」


「はあ?」


 陸は思わず咲久を見た。


 ここはただでさえ街の明かりが届きにくい杜の中だ。その上、今は薄暮。

 そんな場所に光る物があるのなら、陸にだって見つけられないわけがない。


 けれど咲久の表情は至って真剣。陸をからかっていような感じには見えなくて。


「……」


 陸は咲久を信用すると、一緒にその木に近づいた。


 一歩。また一歩と……注意深く。慎重に。


 すると、数えること数歩目。それまで見えていなかった「光」が、陸にも見えてきたような気がして――


「おおっ!?」


「ね?」


 驚く陸に、してやったりな咲久だ。


 でも、ここからじゃそれが何か、まだ分からない。


 二人はさらに近づいた。その洞のある木の根元まで。


 と、光の源らしい物がそこに落ちていて……


「あ。これ……」


 先にそれ・・を見つけたのは咲久だった。


「なんでこんなのが……」


 訝しんだ陸。


 二人が見つけたそれ・・

 それは、すっかり朽ち果ててボロボロになった小さな祠ほこら残骸ざんがいだった。

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