第2話 咲久式英語指導

「だからあ! そこは『When、Where、Who、What、Why、How』のどれかなんだって」


「そんなこた最初っから分かってんだよ。だからオレが知りたいのは、そん中のどれが答えなのかってことなの」


 以下の選択肢の中から適切なものを選べ。――と言う5択問題・・・・に対して、なんの役に立たないヒントしかくれない咲久に、りくは抗議した。

 けれど当の咲久、そんな抗議に耳を貸すつもりはまったくない様子で。


「え~? でもそれ教えちゃったらリクのためにならないじゃん? 大体これ中学レベルのだよ? なんで分かんないのよ?」


「わ……分かんねえもんは分かんねえんだよ。だから教えてくれって頼んでんじゃん!」


 陸は頭を抱えた。咲久がバイトを終えてから、かれこれ20分。彼女はずっとこんな調子で咲久式英語指導を陸にほどこしていたのだ。


 けれど陸、このままじゃいい加減らちが明かないと思いはじめたようで――


「……じゃあこれ」


 陸は、とある一つの選択肢を指差した。


「ふうん、そっか。はい。じゃあ、その理由を説明してください」


「……」


 困った陸。限りなく当てずっぽうに答えた手前、説明を求められても応えられるわけがない。


 すると咲久は、いつにも増してニッコリとした笑顔を見せると――


「はい残念。やり直しで~す」


「なんでだよ。今の合ってんだろ!?」


「答えが合ってても理由が言えないんじゃ不正解です~」


「あ。そうだ。そういやオレ、スマホ持ってたんだ。スマホで調べりゃ――」


「あ、それは反則~。没収しま~す」


「あ! 返せ!」


 陸がまだ新しいスマホ・・・・・・・・をポケットから取り出したところを、ひょいと取り上げる咲久。


「自分の力で解かなきゃ身に付かないでしょ?」


 ――結局、陸がこの咲久式スパルタ英語指導から抜け出せたのは、それからさらに20分が経過してからのことだった。


 ◇ ◇ ◇


「はい。お疲れ様~」


「ホントだよ。もうサクには頼まねえかんな」


 あんまりと言えばあんまりの指導に、精魂せいこん尽き果てたリクは、終えたばかりの課題の上に突っ伏していた。


「だったらそうしなよ。その方がわたしも楽だし」


 残り少ない抹茶ラテをズッと飲み干した咲久が言った。


「――そう言えばリクさあ、部活とかやんないの?」


「なんで?」


「だってリク、剣道の段持ってるでしょ? もったいないかなって」


「ん~……や。やんないなあ」


 陸はだるそうに答えた。

 剣道は小2の頃からやって、段も取った。でも別に好きと言うわけでもないのだ。いや、むしろ嫌いなぐらい。

 その理由は、面を着けた時のこめかみのあの痛さ。

 頭に手拭いを巻く時、じりさえしなければそんなことは起きないのだけど、それをつい最近まで知らなかった陸は、ずっとあの痛みに悩まされてきたのだ。


「そっちは弓道部入ったんだっけ?」


 陸は問い返した。

 咲久は中学の時は帰宅部だったのに、一体どういう風の吹き回しでそんな部に入ろうと思ったのか、ちょっとだけ気になっていたのだ。


「うん。部活見学に行った時、すっごいカッコイイ先輩がいてね。なんか気がついたら、もう入部届け出したあとで……あー、あの時、催眠術とかかけられてたのかな?」


「なんじゃそりゃ?」


 そんなことってある? 陸は呆れ半分にツッコむと、さっき返してもらったスマホを取り出した。


「あ。今日もあるんだよね? 何時から?」


「んあ? あー……あと20分……ビミョーだな」


 他人が聞いても何のことだがちっともな質問に、スマホをしまって答える。


「でもよくやる気になったよね。あんなっすいバイト」


「バイトじゃねえ。奉仕ほうしだよ奉仕」


「ええ~? そんなのどっちだっておんなじじゃん」


「おんなじかも知れないけど、おんなじとか言うな」


 咲久の発言に、むくりと起き上がった陸。


「――大体なんでサクはここでバイトしてんだよ? どうせやるなら自分ちの方が面倒ねえじゃん?」


 陸は尋ねた。実家が自営業職の咲久には、自分の家でできる仕事があるのだ。なのにどうしてこんな場所でバイトなんて。


 けれど、咲久は心外そうにすると、


「いや。わたしウチの仕事も手伝ってるけど?」


「は? でもオレ、見たことないけど?」


 実は、陸の奉仕(バイト)先もまた咲久の実家だった。けど、奉仕を初めてもう一ヶ月になると言うのに、彼はいまだに咲久と顔を合わせたことがなかったのだ。


「……あれ? そう言やオレ、サクが奉仕してるの、夏しか見たことねえかも」


 今日までのことを思い返した陸は首をひねった。


 振り返って見れば、咲久が家の手伝いをするのは決まって夏だけだ。

 あそこの仕事は年中なにかしらの行事に追われているはずなのに、夏にしか見かけないと言うのは、これ如何いかに?


 けれど咲久、そんな陸の気付きこそ心外だったようで。


「は? 夏以外にだってやってます。今日だってこのあと御祈願ごきがんの手伝いあるし」


「ま?」


「ま」


 初めて聞く情報に、陸は驚いた。


 御祈願の手伝い――けど、そう言うことなら、そもそもの担当場所が違う自分が咲久を見かけなくても、そんなに不思議じゃない……かも知れない。


「ま、リクの言う通り、冬だけは絶対やるつもりないけど」


「なんでよ? 神社って冬の方が忙しいんじゃねえの?」


「そんなの寒いからに決まってるでしょ。知ってる? すっごく寒いんだよ巫女みこの服って」


「あ。うん。だからか……」


 陸は納得した。


 巫女に限らず、神職の装束は基本薄手で寒い。今の時期でさえ、日陰にいるとちょっと寒いぐらいなのだ。なら、人一倍寒がりの咲久が空調完備のむすひでバイトしたがるのも無理はない。


「それにさあ……こっちの制服の方が絶対可愛いでしょ? 冬もあったいし。あったかくて可愛いんならこっち選ぶに決まってるじゃない?」


「ほーん。そんなもんかね」


 そこまで話しといて、急に関心なさそうな相槌を打つ陸。




 結局、二人の駄弁だべりは、陸の奉仕の時間になるまでのんびりと続いた。

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