第2話 蒼き暴風
暗い景色が続く。まるで世界に誰もいない様な、でも何かを感じてる。
「涙…助けて」
「勿雛!どこにいるんだ!!」
勿雛。勿雛の声が聞こえる。女の手じゃない男の手がこちらを手招きする。
「そっちにいるのか…」
僕は、手の方についていく。そこには勿雛と…汚物がいた。
「るいいぃぃ。助けてぇぇぇぇ」
蝉が鳴く。頭が回らない。勿雛は
「あぁぁぁぁぁぁ…あ?」
部屋?いや知らない場所だ。近くにあったスマホの時間は、14時。その時ガラッと扉が開く音がした。そしてカーテンが開くと同時にスーツの男が入ってきた。
「起きたか古賀涙君」
スーツの男は顔色一つ変えなかったがひどく怒りを含んだ声色だった。
「あの…貴方は」
「ん、自己紹介は後で良い。話が聞きたい。座っても?」
男は、隣にあったパイプ椅子を指差した。
「…どうぞ」
「ありがとう。早速だが、昨日の夜の話をしたい。覚えているかな」
覚えている。忘れる訳がない。忘れられる訳がない。
「覚えていますよ」
「そうか、まぁ嫌な話だとは思うが、伊東勿雛と笠樹大地、そして君の話が聞きたくて来た」
「…嫌です。話したくは無い」
嫌だ。思い出したく無い。そう言うと男は少し顔を強張らせたがすぐに無表情になった。
「ふむ。だがこちらもそうは行かなくてね。とりあえず今日は良い。自己紹介がまだだった。政府第十一班炎人犯罪阻止部の滝枝真人だ。それじゃ…あぁこれはお見舞いの苺だ。さっきそこで水洗いしたから食べると良い」
「…ありがとうございます」
滝枝真人はそう言うと、カーテンを閉め、颯爽と帰っていった。
「…政府の人が来た。というか僕はなんで病気にいるんだ。…それだけは聞けば良かったかな」
新橋駅前。顔を歪めた滝枝が、サンドウィッチを食べていた。
「…古賀涙…そして氷から氷結への覚醒」
「相席よろしいですかね。Mr.滝枝」
滝枝の前には白髪の美少年が立っていた。
「何の用だ。神楽戯」
「連れないですね。用がなければ接触も駄目だと?」
「その通りだと言ったら?」
神楽戯と呼ばれた少年は、笑みを浮かべ椅子に座る。そして店員にホットコーヒーを頼み滝枝に顔を向ける。
「要件があるから来たのですよ。Mr.滝枝」
「何の用だ」
「その前に…古賀涙から話は聞けましたか?」
「…人の死体を見た人間がたった一日でまともに話せると思うか。人間じゃないお前には分からんと思うがな」
「ふふ…皮肉がお上手だ。まぁ良い。古賀涙の血液から面白いものが見つかりましてね」
「古賀涙に睡眠薬を持ったのはお前か」
「僕ではありません。僕以外の僕ですよ」
「…陽炎か」
「あぁ。覚えていたんですか。僕が炎人だってこと」
「忘れる訳が無いだろう。お前が炎人。そしてお前の陽炎は強く、分身を作り出す。幻術を操る炎人神楽戯遊という異物を」
「ははっ。そんなに評価を頂けているとは。まぁ話を戻しますよ。古賀涙の血液から凍人の成分を見つけました」
「!?凍人だと!」
「おや恐い。まぁね微分なものですが覚醒の原因もそれかと」
凍人。世界には炎人が多く棲息する。だが、千万分の一の確率で珍しい種が生まれる。凍人、嵐人。その二つは普通の人間の能力を軽く超え、異常な能力を発揮する。
「えぇ…ですがおかしいのです。能力検査。5歳の頃に検査した時には、普通の氷だったそうです。昔の血と今の血で異常な変わり様だ」
「…何が言いたい」
「僕の見解では、成長期に奇跡的にな進化をしたのか。…誰かに能力を埋め込まれたのか」
「神楽戯…忘れたのか。凍人が生まれる確率は千万分の一。しかも生まれた凍人は、調査で全員の身分を知っている。古賀と関わった様子はない!」
「そうなんですよねぇ…でも小さい子供。5歳以下の子供に貰ったとしたら?」
「…話は終わりだ。飯も食い終わった。俺は帰って古賀を調べる」
「…えぇ。僕はコーヒーを飲んでから帰ります」
「神楽戯。古賀に接触しようなんて考えるなよ。少なくとも古賀が落ち着くまでは」
滝枝がそう言うと、神楽戯は不敵な笑みを浮かべた。
「…どうでしょうねぇ」
「…帰る」
「お疲れ様でーす」
滝枝は店を出て、足を進めた。
「…古賀涙。凍人なのだとしたら。あの男の死体は」
古賀が睡眠薬で寝た後、滝枝はあの路地に調査に赴いた。寝ている古賀。消えた勿雛な身体。笠樹大地の死体。だが笠樹大地の死体は、あまりにおかしな死体だった。本来なら滝枝が炎人の事件に態々赴く事はない。だが状況が状況だったのだ。
「あれは一体…」
笠樹大地の死体は、冷え固まっていた。しかしそれは外側からの冷度によるものではない。身体の内側に張り巡らされた氷によるものだった。
「本来あの様な傷を人間がつけることは不可能。それが氷結能力を持つ人間でも」
古賀涙。氷から氷結への覚醒を果たした男。だがそれが通過点なら。
「調査が必要であることは確かだ」
滝枝は少し歯軋りをしまた足を進める。彼は滝枝真人。能力は、暴風。人間の中でも慈悲の心に満ちた炎人を恨み人間を救う救世主。だが、それと同時に死神でもあるのだ。
road ベニテングダケ @oojamiuo
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