#35
むしろ猜疑心を押し殺しつつ、意識して普段通りに過ごそうとしていた俺の態度の方こそ不審だったかもしれない。
晩ご飯を作る
そんな二人を余所に膝を抱えてちょこんと座りスマホを横に構えて何やらゲームをしている
今夜の献立は唐揚げだった。そしてやっぱり美味しかった。
中毒性さえ感じてしまう美味しさにおのずと箸が伸び、迂闊にもモリモリ食べてしまう俺の姿をにんまりと見つめてきて「ねねね、美味しい? 美味しい?」としきりに訊ねてくる梓さんの姿も昨日と変わった点などない。
その後、美逢ちゃんが唐揚げにレモンが添えられていないことに苦言を呈したことから、それぞれ唐揚げに何をつけるか論争が始まった。
美逢ちゃんはレモン汁を譲ることはなく、梓さんはあえてつけるならポン酢と言い、華詩子さんはやや照れながらゆず胡椒と言っていたのが印象的だった。この論争にだって不審な様子なんてどこにもない。
そして今夜もお風呂の順番で一悶着あり、最初に入浴を終えた華詩子さんの寝間着姿に火照った横顔は、昨日に増して色っぽかった。
次に戻ってきた梓さんは、手のひらで顔を扇ぎながらタンクトップの裾を摘まんでパタパタと風を送り込む。そのたびにチラリと覗くお腹が、主張の激しい胸元にも増して気になり慌てて首ごと捻って視線を逸らした。
本日最後の入浴を済ませた美逢ちゃんから廊下ですれ違い様に、
「ゆうせー、今夜は美逢が添い寝の番だからな!」
と、まるで添い寝の意味を理解していそうにない笑顔を向けられた。やはり順番通りに今夜も行われるらしい。
そして昨日に引き続き三人が使った湯船に触れることに抵抗を感じてしまい、シャワーで身体を洗い流す。
三人が使った湯船に揺蕩うお湯を見つめながら、まるで毒でも入っているかのように避けている自分がさすがに意識しすぎな気がして溜息が漏れる。
――そこで不意に、閃きにも似た感覚が脳裏を駆け抜けた。
まさかとは思ったが可能性を捨てきれない以上、試してみる価値はあるだろう。
「いいか、邪魔するなよ? 特にアズビッチ、お前だぞ。聞いてるのか?」
「え、あたしに言ってるのー? ていうか、アズビッチって呼ぶの止めてよー?」
「ゆうせーに、ちゅーをせがんだんだろう! まったく油断も隙もないっ、ほら、いつまでもくっ付いてないでゆうせーから離れろっ!」
風呂場から戻ってきた俺にしがみ付くように、梓さんはどこかに仕舞っていたうちわを引っ張り出してパタパタ扇いでくれていた。
腕に絡みつかれているせいで、薄いタンクトップ越しに柔らかな膨らみの感触がダイレクトに伝わってくる。
「そんなにくっ付いていては余計に暑いでしょう。
冷めきった半目で梓さんを睨み付けながら華詩子さんが台所に向かう。
「黙れっ、ビッチも箱入りもとにかく邪魔するな! さあ、いくぞゆうせーっ!」
奪われかけた主導権をもぎ取るように、美逢ちゃんが声を上げるなり俺の腕を強引に掴んで引っ張ってくる。
そのまま書斎へと腕を引かれ、小柄な美逢ちゃんに背中を押されて室内へと押し込められてしまう。
「さあ、これからは美逢との時間だぞ。ちょっと待ってろ」
寝るには少し早い時間だったが、美逢ちゃんはやっと巡ってきた添い寝の順番に気が急いている様子だった。
まるでスキップでもするように俺を書斎に残して出ていった美逢ちゃんを見送りながら、昨日までとは違う緊張感が渦巻き始める実感があった。もちろん、魚住さんから聞かされた話がきっかけだった。
「ゆうせー、これは寝付きを良くする漢方薬だぞ。さあ、飲め!」
しばらくして戻ってきた美逢ちゃんが、俺の鼻先にずいっと差し出してきたカップに視線を落とす。
何やら黄色っぽい液体だったが、プラチナブロンドの髪に碧眼な西洋ハーフの容姿に対して漢方薬というミスマッチ感が俺の疑いに拍車をかける。
三人が使った湯船を見つめて、まるで毒でも入っているかのように考えたことが、とある閃きに繋がり疑いへと結びついたのだ。
一昨日の華詩子さんは紅茶、昨日の梓さんはホットミルクを、それぞれ寝付きが良くなると勧めてくれ、俺は少しでも緊張を紛らわせるならばと疑いもせず一気に飲み干した。
華詩子さんの時は同い年の女子が隣で寝るという、生まれて初めての経験から極度に緊張していたにもかかわらず、布団にくるまって横になり華詩子さんの緩やかな語り口調を耳にしているうちに眠ってしまった。そのまま朝までぐっすりだった。
梓さんの時は、その無防備すぎる格好のせいで動くたびにチラチラと覗く谷間だったり肉感的な部位から目を逸らすのに必死で、前夜以上に極度の緊張に襲われていた。
にもかかわらず、布団に横になって硬く目を瞑って梓さんと会話しているうちにあっさりと眠ってしまった。眠りすぎて頭が痛くなるほどぐっすりだった。
常識的に考えて、あんな美人の華詩子さんが隣にいて、あんな蠱惑的な梓さんが肌を晒していて、あれほどあっさりぐうすか眠りに落ちることなどあり得るだろうか。
俺は仙人になったつもりなんてないし、禁欲を貫く聖人を目指しているわけでもない。どこまでも健康的な男子高校生なのだ。
「どうした? 効果てきめんの漢方薬だから朝までぐっすりだぞ? 遠慮しないでぐいっといけ」
そうなのだ。二日も続けて寝過ごしてしまうほど朝までぐっすりだったことが、やはりどう考えてもおかしいのだ。
「……美逢ちゃん、冷蔵庫にブドウが入ってるんだが食べたくない?」
「――ブドウ!? ……うっ、……たっ、食べたいっ!」
「一緒に食べながら少しお喋りでもしよう。取ってきてもらってもいいかな……?」
「し、仕方ないな、ゆうせーの頼みとあれば捨て置くわけにいかないだろう。よし、ちょっと待っててくれ!」
言い終わるよりも早く立ち上がり、美逢ちゃんは台所に向かって小動物のように猛然と駆け出していった。
昼にグレープジュースを奢った時もそうだったが、美逢ちゃんはブドウが大好物らしい。たまたま魚住さんから頂いたブドウがあって良かった。
さて、俺の目の前には残されたカップが二つ置かれている。一つは美逢ちゃんの分で、もう一つは美逢ちゃんが俺に手渡して勧めてきたものだ。
――薬を盛られているのではないか?
それが俺の疑念だった。
華詩子さんも梓さんも、俺の飲み物に睡眠薬のようなものを混ぜ、眠らせている間にこの部屋を調べていたのではないか。
それはもちろん親父が掴んだ重大な情報とやらを探すために。
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