#30


 放課後、三人はそれぞれ職員室に呼び出された。


 呼び出しを受けたと聞かされた時は、体育の授業でナイフの一件がじつはバレていたのかと肝を冷やした。

 しかしよく聞いてみると、転入前に提出していた書類の不備の修正や細かい転入手続きの確認とのことだった。

 目の前が真っ暗になりかけたがひとまずは杞憂に終わってくれた。安堵の息と共に半分くらい魂が抜けかけた気さえした。


 それぞれ三人から待たせるのは悪いからと促され、せっかくの申し出を断る理由もないので先に帰宅することにした。


 一人での帰宅がずいぶんと久しぶりなように感じてしまい、いないからこそ三人との時間の濃密さを再認識して改めてどっと疲れを感じてしまう。


「おかえり悠誠ゆうせいくん」

 むしろ新鮮ささえ感じてしまいそうな一人の帰り道を満喫し自宅へと続く角を曲がったところで、カッチリとしたレディーススーツに身を包んだ魚住うおずみさんが玄関前で待っている姿が飛び込んできた。


「魚住さんっ、……あれ、連絡しましたか?」

 俺は慌ててポケットからスマートフォンを取り出して確認する。

 魚住さんがうちにやって来るときに必ず連絡があるわけではないのだが、なんとなく纏っている雰囲気が以前のようにたまたま通りがかった時とは違って見えたせいだ。


「あ、ううん。ごめんね、連絡はしてないのよ。私もちょっとバタバタしてたから」

 両手をひらひらと振って魚住さんはわずかに笑顔を浮かべて続ける。


「悠誠くん、……いまお話良いかしら?」

「はい、大丈夫です。じゃあ、上がってください」

 ずいぶん畏まったように感じたのだが、改まってお話とは何なのだろう。ふわりと微笑みを湛えてはいるが、ほんのわずかに表情が強張っているようにも見える。


 魚住さんがやって来たときには、家に上がってもらってお茶を出すくらいは普段からしてきた。

 どうしても仕事の都合で時間がないときには、玄関前で簡単な立ち話だけ交わして帰っていくこともあった。

 しかし今日はわざわざ話があるというのだ。いったい何事だろうか。ひとまず普段通りに客間に入ってもらうため襖を開き、俺は愕然としてしまった。


 ――開け放たれた客間には美逢みあちゃんの荷物が置かれていた。


 そうなのだ。すっかり失念していたが最後に魚住さんがうちにやって来た日に、俺は拉致に近い目に遭い三人の許嫁を初めて目の当たりにしたのだ。


 しまったと思ったが手遅れだった。

 ただ荷物がそこにあるだけならばどうとでも言い逃れ出来ただろうが、美逢ちゃんの荷物はそれなりに散らかっており生活感が滲んでいた。


「あっ、ああ……、あー……、こ、これはですね……、ちょっと部屋の片付けをしてて荷物を一時的に――」

「……でもこれ、女性ものよね?」

 必死に頭を回転させてなんとか取り繕ってみせるが、迷いもなく荷物に近付いた魚住さんは、そこにきちんと畳まれている洗濯物を指差して首を傾げる。


「いや、それはですね……、って――」

 畳まれた洗濯物がそもそも女性用の衣類であるのは一目瞭然なのだが、よりにもよって一番上に重ねられているのが黒い下着で言葉を失ってしまう。


「可愛らしい洋服に……、ずいぶんと、大人びたショーツね……」

 特に躊躇う様子もなく魚住さんが下着を手に取り、陽に透かすように掲げて広げる。


「………………え、っと、その、……そ、それは、俺の、……趣味ですっ」


 唇を噛み締め、苦しすぎるいちかばちかの言い訳を紡ぐ。

 口にしながら苦しさしかなかったが他に最もらしい言い訳が全く思い浮かばなかった。


「……ふーん、そう」

 引き攣りきった表情で恐る恐る魚住さんを見ると、広げた下着をゆるく畳んで元に戻しながら吐息のような返事を寄越す。


 まさか納得してくれたのだろうか。だとすると、それはそれでどうなのだろうか。

 俺に女性ものの衣服を、下着に至るまで収集する趣味があることに理解を示してくれたということか。言い訳のためとはいえ複雑な気持ちになってしまう。


「趣味っていっても、これだとサイズ的に悠誠くんじゃ着られないでしょ?」

「えっ、着る方の趣味だと思ったんですか!?」

「……違うの?」


 思わず声を上げてしまった。

 まさか女装癖があると思われてしまうのはさすがに心外だった。だからといって収集癖のほうがマシとも思えないのだが。


「ただいま戻りました」

 魚住さんと対峙するように見つめ合って次の言い訳を捻り出そうとしていたところに、ガラリと玄関が開いて声が響いた。華詩子かしこさんの声だ。

 

 なんてことだ、これはいよいよマズい。

 女性ものの衣服収集癖のつもりだったのに女装趣味だと勘違いされたことはこの際もう仕方ない。

 それだってどうして理解に及んでしまったのか疑問なのだが、華詩子さんが帰ってきてしまってはもはや言い逃れの余地はない。




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