#29
四人がけのテーブル席でひとしきり俺の隣を取り合って揉め、なんとか昼食を終えた頃合いではす向かいに座った
「……華詩子さん、学校にナイフを仕込んでくるの、止めよう」
「どうしてですか?」
「いや、さっきの体育の授業で――」
そこまで言いかけた俺の隣で、
ただ一人だけ、二人の挙動に何も思うところのない
「いや、待ってくれ。あれはみんなの注意を逸らすために叫んだだけで……」
二人揃って、俺が本気でちゅーしたがっていると勘違いしているのだろうか。普通に考えて、あの状況でありのままの本心を叫んでいたとしたら本物の狂人じゃないか。
「ん? なんだ? なにかあったのか?」
「
事の顛末を知らない美逢ちゃんが頭に疑問符を浮かべながら訊ねてくる。
またややこしくなっては敵わないため、取り繕うための言葉を口にするより早く、まさかの華詩子さんが包み隠すことなく暴露してしまう。
なぜだか不服そうにそっぽを向いて、先ほどよりもさらに頬を膨らませてリスみたいになっている。
「――なっ、ち、ちゅーだとぉっ!?」
それまで噛んでいた柴漬けを吐き飛ばす勢いで美逢ちゃんが叫ぶ。そして必然的に学食内の視線が集中する。
そもそも噂の美少女転入生の三人が一堂に会している時点で視線は集めていたのだが、美逢ちゃんの叫び声を受けてどういうわけだか俺に突き付けられる視線の刺々しさが増す。
「あン、なんで言っちゃうかなぁお嬢ー? そんなに悔しかったのー?」
「ほ、本当なのかゆうせー!? どうせこのアズビッチの方から恥知らずな格好で誘惑してきたんだろう!? 学校でくらい慎ましく出来ないのかっ!?」
「アズビッチって、あだ名もう変わってんじゃん? それにあたしから誘惑なんてしてないしー。悠誠の方からがっついて来たんだからさー」
「な、なにぃっ!? ほ、ほんとーなのか、ゆうせーっ!?」
「美逢ちゃん、少し落ち着いてくれ……」
真向かいから完全に身を乗り出し俺のネクタイを掴んでグイグイ引っ張る。
このままではネクタイが引きちぎれるか、首が絞まって気を失うかのどちらかだ。
それよりも興奮のあまり、美逢ちゃんが背中に忍ばせている拳銃を抜いてしまっては大変だ。
「お、おおっ、落ち着いてられるかっ! だって、ちっ、ちちちっ、ちゅーだぞっ!?」
「そんな心配しなくても、ちゅーしたくらいじゃ赤ちゃん出来たりしないよー?」
「それくらい知ってるわバカにするなっ!!」
「じゃあ姫はどうしたら赤ちゃん出来るか知ってるんだー? あたしに教えてよー?」
「教え――、うっ、に、にぎゃああぁぁぁぁっ!!」
美逢ちゃんの興奮が増すごとに引っ張られる俺のネクタイがどんどん締まっていく。
梓さんがからかえばからかうほど俺の寿命が削られている事態に早く気が付いてほしい。
「だ、だから誤解なんだ……。とにかく――」
さすがにこれ以上は窒息してしまうため、なんとか美逢ちゃんを宥めながらネクタイを取り返して息を整え、
「華詩子さん、本当にナイフはもう学校には持ってこないようにしてくれ。次は庇いきれないから……」
「……単なる護身用なのですが、悠誠様の頼みであれば無下には出来ません」
世の中の大半の人がナイフを仕込んでいることに対して、単なる護身用とは思ってくれないだろう。
本当に渋々といった様子で華詩子さんは顎を引いて頷いてくれた。リスみたいに膨らませていた頬はなんとか元に戻っていた。
「おい、なんだそれは? なにを見つめ合ってるんだ? まさかシコシコまでちゅーする気じゃないだろうな?」
梓さんとのちゅー疑惑をなんとか宥めたと思ったら、今度は華詩子さんが俺に向ける眼差しに言い掛かりをつけながら美逢ちゃんが奥歯をギリッと噛み締める。
「シコシコと呼ぶのは止めてください。誰かに聞かれたらどうするんですか!」
「なんなんだ二人揃って美逢の知らないところで抜け駆けしてっ!」
「――美逢ちゃんっ、購買にジュース買いに行こう! 好きなの奢ってあげるから!」
地団駄を踏む勢いで小型犬のように吠える美逢ちゃんが背中に腕を回し始める。こんな場所で拳銃を抜かれたらひとたまりもない。俺は慌てて立ち上がり甘言を弄する。
「美逢のこと子供扱い、する、な……、ま、まあ、ゆうせーがどうしても奢りたいって言うなら仕方ないっ!」
口を衝いて出たジュースで簡単に釣れてしまった。やや心は痛んだが、美逢ちゃんが意外にチョロくて助かった。
ひとまずは難を逃れたが学食内の視線の鋭さが尋常ではないため、これ以上の長居は絶対にろくなことにならない。
食器を返却口に運ぶためトレーを持って席を立つ。こうしている間も注がれる視線が痛すぎる。
「悠誠っ、姫にだけズルーい! ねえねえ、あたしにも奢ってよー」
「いちいち擦り寄るなっ! おい、ゆうせーっ、美逢はグレープのがいいっ!」
「悠誠様にたかるような真似はお止めください」
「だったらシコシコはいらないんだな? ゆうせー、美逢はシコシコの分と合わせて二本にするぞ!」
「ちょっ、いらないとは言っていません! それにシコシコと呼ぶのいい加減止めてくださいっ!」
返却口に辿り着くまでのわずかな間でさえ、こんな様で大騒ぎとなってしまうのだ。
周りからの視線を欲しいがままにしてしまう三人のやり取りを背負いながら、俺は俯き気味に突き刺さる視線をやり過ごして逃げるように学食を後にするしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます