#28


「残念でしたー。ここの学食にはお子ちゃまランチはないっぽいよー?」

「……誰に向かって言ってるんだ?」

「お子ちゃまなんて他にどこにいるのよー?」

「馴れ馴れしく美逢みあの頭を撫でるなっ! それに美逢のことをお子ちゃまと呼ぶなと言ってるだろうビッチがっ!」

「あたしのこともビッチ呼ばわりしないでくれるー?」

「お二人とも行儀が悪いですよ。他の方の迷惑になりますので静かになさってください」


 俺の狂人っぷりだけが発揮された体育の授業後、クラス内の視線が痛すぎるため逃げるようにやって来た学食で、事の発端になった三人の転入生に囲まれていた。


「箱入りの分際で美逢に向かって上から目線でモノを言うなっ!」

「その、わたくしのことを『箱入り』とお呼びになるの止めていただけますか……?」

「お嬢の『箱入り』はわからなくもないけどさー、あたしのビッチ呼ばわりは完全に見た目で判断してるんでしょー? だったらあたしだってお子ちゃまって呼んじゃうよー」

「……わたくしは別にお二人が思っているような箱入り娘なわけではありません」


 体育後に更衣室で着替えて戻ってくる華詩子かしこさんとあずささんより早く教室を出て学食に退散したはずなのに、ものの見事にあっさりと見つけ出されてしまった。

 しかし昼休憩である以上、お弁当持参でない限りは購買か学食の二択なので見つかるのは時間の問題だったろう。


 食券を買うための列に並んでいるこの間も、前後の生徒たちから注がれる視線が痛すぎてろくに顔を上げることが出来ない。


「梓さん、美逢ちゃんが嫌がってるみたいだから、お子ちゃまって呼ぶのは止めてあげよう。美逢ちゃんもさすがに学校だから、学校じゃなくてもだが、ビッチ呼びは少し控えた方が良いと思うんだが……?」


 華詩子さんに対する呼び方はまだマシだと思えるのだが、特に酷いのは美逢ちゃんのビッチ呼びだ。

 三人の中でも群を抜いて目を引いてしまう見た目の小柄なハーフ美少女の口が、躊躇いもなくビッチと発する落差があまりに酷すぎるのだ。


「んー、悠誠ゆうせいがそう言うなら仕方ないなー。そうだなー……、じゃあ、姫?」

 それでもやや口調に小馬鹿にしたような含みを持たせながら梓さんが呼んでみせると、美逢ちゃんは含まれた皮肉に気が付いていないのか、まんざらでもなさそうに頬を緩める。


「ふむ、姫か。まあ、そうだな。わかればいいんだビッ――、……うーん、アズアズ」

 もはや癖なのか、ビッチと言いかけた口を辛うじて押し留め、梓さんのことをやけに可愛らしい愛称でアズアズと呼んでみせた。


「あ、アズアズ……」

 梓さん本人はいまいち納得いっていない様子で眉間に皺を寄せていたが、ビッチに比べればずいぶんと軟化して可愛らしいあだ名になったのだから良しとするべきだろう。


「……ふっ、……アズアズ、くっくっ……」

 丸く収まりかけていたのに、我慢しきれなかったのか顔を伏せて肩を揺らしながら華詩子さんが笑いを堪える。


「ちょっと、お嬢にも愛称付けなきゃじゃん! ほら、なんか考えてよーっ!」

 なにに張り合おうとしているのか、梓さんが肩を怒らせて美逢ちゃんに詰め寄る。


「ふーむ、箱入りの愛称か……。うーん…………、じゃあ、シコシコ」

「――シコシコッ!?」

「あっはははは! いいよ、それ最高っ! あたしもそれで呼ぶよっ、よろしくねーシコシコ!」

「ちょっ、し、シコシコ!? どうしてそんなことになるんですかっ!?」

「梓がアズアズなんだから、華詩子のことはシコシコしかないだろう?」

「そうだね、お嬢はシコシコ。あたしは大賛成だよ! あっははははっ!」

「ちょ、待ってくださいっ、わたくし、シコシコ……ッ!?」

「なんだシコシコ、騒々しいぞ? 大人しくしてろ」

「……わ、わたくし、シコシコなんて嫌ですっ!!」


 堪らず声を荒げて抗議する華詩子さんの顔は真っ赤になっている。

 確かに、気持ちはわかる。シコシコなんてあだ名はいかがわしい別の何かを連想してしまい嬉しくない。


「先ほどの理屈であれば、わたくしはカシカシになるのではっ!?」

「なにが不満なんだ? カシカシなんて言いにくいし可愛くないだろう?」

「シコシコの方が可愛くないでしょうっ!?」


 両手を握り締めて抗議する華詩子さんの、思いもよらない大声が学食内に響き渡る。

 ビッチは言われている本人が恥ずかしいだけだが、シコシコに至ってはなぜだか一緒にいる俺の方が恥ずかしくなってしまい直視することが出来なかった。


 結局、シコシコ呼びの収拾はつかないまま発券機の順番となってしまい、それぞれがメニューの食券を選んでいるうちにうやむやになってしまった。ちなみに俺は白身魚フライの乗ったBランチにした。




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