#27
「申し訳ございません皆様……。わたくし、スポーツはちょっと……」
見るからに落胆した様子で頭を下げる
「次のセットはストレート勝ち狙っちゃおっかー、なんてねー。――あっ」
華詩子さんとは対照的に、冗談に聞こえない余裕な発言の
「――
と、体育館中に響き渡る大声でぶんぶん手を振って見せたのだ。
途端に女子たちが声にならない悲鳴を上げ、男子たちが一斉に俺を刺し貫く勢いで睨み付けてくる。
俺は気を失いそうなほどの圧を受けて石像のように固まってしまう。
そんな中、他の誰よりも殺し屋めいた視線を梓さんに突き付けたのが華詩子さんだった。
「まったく盛りのついた猫のように……、恥というものを知らないのでしょうか?」
「えー? 鈍くさ過ぎてボールに触れることも出来ないからって負け惜しみー?」
コートのネット越しに対峙し、梓さんが器用に指先でボールをくるくる回転させる。
「……そのボールのように、これまでにも大勢の男性を手玉にしてきたのでしょうね」
「えー、やだーっ、手玉ってなぁにぃ? 意味わかんなーい」
「大声で、……ちゅー、などと叫んでおきながら白々しい」
「ちゅーって言い方が気に入らないの? だったら、――悠誠ぃー、ちょっと待っててねー! あたしのファーストキッス奪わせてあげるからねーっ!」
指先に乗せたボールを回転させたまま、梓さんが改めて投げキッスの仕草を寄越す。そんなキッスが届くよりずっと早く、男子たちからの怨念じみた視線が突き刺さる。
「そ、そんな軽々しく奪わせたりしませんっ」
「へえー、ふーん……、だったら次は取りやすいところ狙って打ってあげるよー」
どこまでも華詩子さんを見下しながら、梓さんがスキップでもするような足取りでポジションに戻る。
こうして梓さんのファーストキッスを阻止する一騎打ちが始まってしまった。俺の意思だけをそっちのけにしたまま。
ホイッスルと共に華詩子さんのチームの女子がサーブを放つ。緩く放物線を描いたサーブは難なくレシーブされ、
「はいっ、
高々とトスを上げた女子の声を受けて、待ってましたとばかりに駆け込んできた梓さんが踏み切り、伸びやかに跳躍する。
その姿はまるで水面から勢いよく飛び上がるイルカを思わせた。
長く伸ばされた腕を鞭のようにしならせ、ジャンプの頂点で全身のバネを効かせたアタックが繰り出される。
一連の動作全てが流麗かつ優雅であり美しい。
しかし優雅さとはかけ離れた勢いで空気を裂くように打ち込まれたボールは、寸分の狂いもなく真っ直ぐに華詩子さんへ向かい、
ズバシィイインッ!!
と、破裂したような衝撃音を立てて華詩子さんの腰あたりに直撃した。
事前の宣言通り、取りやすい位置にアタックは打ち込まれたが壊滅的に球技のセンスがないのだから、どんなに位置に飛んできたところで拾いようがないのだ。
「だっ、大丈夫、
「……え、ええ。平気ですよ」
ほとんどノーガードでアタックの直撃を受けたのだ。チームの女子たちが心配して華詩子さんを囲み始めたその時――
カチャンッ。
華詩子さんの膝上丈のハーフパンツの裾から、金属質な塊が零れ落ちた。
――いうまでもなくそれは、太腿に隠し持って仕込んでいたナイフだ。
制服のスカートの下に仕込んでいることは昨日の登校時に知っていた。いや知っていたくもないのだが、まさか体育の授業中にまで仕込んだままだとは思わなかった。
ガーターリングで太腿に固定するシースナイフだと説明してくれたが、梓さんからの矢のようなアタックの直撃を受け外れて落ちてしまったのだろう。
これはマズい。
どこの世界に体育の授業中、ハーフパンツの裾から刃物を落とす人がいるのだ。
しかもチームの女子たちが華詩子さんを心配して囲み始めている。一刻の猶予もない、どうにかしなければ――
「うわぁぁああああああっ! やったぁぁああああああああっ!!」
両拳を頭上高く突き上げ、俺は体育館内に響き渡る声を張り上げる。
「あず――、鷲見さんのファーストキッス、もらったぁぁああああああああっ!!」
うっかり梓さんと口にしそうになったが辛うじて堪え、体育館内全員の意識を俺に向けさせるため渾身の雄叫びをあげた。
咄嗟の狙い通り、水を打ったように静まり返った体育館内の視線が俺一点に集中した。
当然だろう、どう見ても狂人がいきなり奇声を発したようにしか見えないのだから。
「……え、悠誠、……そ、そんなに、ちゅーしたかったの?」
注意を逸らすためなのだから、誰から怪訝な視線を向けられても仕方ないと覚悟は決めていた。
しかしまさか、言い出した当の本人である梓さんが狼狽えるとは思わなかった。
これでは本当に俺が頭のおかしいヤツみたいではないか。
女子たちからは気味悪そうな視線が突き付けられ、男子たちからは恨みがましい殺意の波動が送りつけられる。
怪我の功名というべきか注意を逸らすことだけは成功していた。
男子と女子それぞれからの圧に耐えながらチラリと華詩子さんを視界の端で捉えると、誰にも見咎められることもないまま落としたナイフを拾い上げているところだった。
そして、どういうわけだかぷくーっと頬を膨らませて半目で俺を睨み返してきた。
俺のアシストで危機を脱したはずなのに、どうして、ちゅーしてとせがんできた本人にドン引きされ、ピンチを救った相手に睨まれないといけないのだ。
金槌で殴られるような頭痛といまだに突き付けられ続ける視線を堪えるために、俺は両手で頭を抱えて俯くしかなかった。
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