#24


 姦しいといって差し支えなかった夕食後、風呂の準備が整うと今度はどの順番で入るかで一悶着があった。


 同い年の女の子なのだから俺が使った残り湯は嫌かもしれないと、無駄な気を利かせて三人に先に入るように促したのが発端となった。


 家長である俺を一番にするべきだと華詩子かしこさんが主張したが、一度言い出してしまった以上、三人に先に入ってもらうように念押ししたせいで揉め始めたのだ。つくづく余計なことを言ってしまったと後悔している。


 極めつけにあずささんが「じゃあ悠誠ゆうせい、一緒に入るー?」なんて冗談めかしたおかげで「ふざけるなビッチ!」「はしたない人ですね本当に」と美逢みあちゃんが烈火のごとく罵声を浴びせ、華詩子さんが凍てつく半眼で睨み付けていた。

 当然ながら一緒にお風呂なんてあり得ないので公平にジャンケンを提案し、なんとか入浴順を決めるに至った。


「ちぇー、悠誠の背中流してあげたかったんだけどなー」

 一番風呂となった梓さんが、ペロリと舌を出しながらそんなことを言い残して風呂場へと姿を消した。


 まったく心惹かれなかったと言うと嘘になってしまうが、茶の間に残った二人からジト目で見据えられてしまい、正座してじっとしているより他なかった。


 一通り三人が入浴を終え、最後に風呂場にやって来てから気が付いたのだが、ここで同い年の女の子が一糸まとわぬ姿になって身を揺蕩えたのだ。


 あらぬ妄想がぐるぐると目まぐるしく駆け巡り、湯船に浸かる寸前にこの残り湯に触れて本当に良いのか逡巡した。

 なにか、なんらかの罪に問われたりしないだろうか。

 青少年に関する条例的ななにかしらで罰せられたりしてしまうのではなかろうか。

 残り湯を見つめて悶々と考えを巡らせているうちに、湯船に浸かることなくのぼせてしまいそうだ。

 最終的に湯船には一切触れることなく、シャワーで身体を洗い流して済ませた。


 一日の疲れを癒やすための入浴であるはずなのに、余計な気疲れでぐったりしながら茶の間に戻ってくると、

「それじゃー、部屋、行こっかー」

 待ちかねていた様子で梓さんが俺の腕に擦り寄ってきた。


 昨夜ジャンケンで順番を決めた通り、今夜の添い寝は梓さんの番だった。


「昨日から気になってたんだが、その無課金ユーザーの初期装備アバターみたいなだらしない格好はどうにかならないのかっ!?」

 昨日に引き続き、無防備に過ぎる梓さんのタンクトップを指差しながら、美逢ちゃんが顔を赤くしながら唇を尖らせる。


「おかしな喩え方すんのやめてくれるー? あたしが寝るときにどんな格好してようがあたしの自由でしょー?」

 頭の後ろで手を組んで胸を突き出すように背中を反らせる。

 なめらかな白い脇を無防備に晒し、必然的に胸元が押し上げられてたわわな丸みが強調される。


鷲見すみさん、その……、下着くらいは……」

「あー、あたし寝るときはしない派なんだー。締め付けられてると苦しいんだよねー」

 微妙に言葉を濁しながら訴えた華詩子さんに、まるで気にする素振りもなく梓さんがひょうひょうと答える。


 下着をしない、それはつまり女性用の下着の話なのだろう。余計なことを知ってしまったせいでますます目のやり場に困ってしまう。


「もっとあるだろう、それよりは防御力が高めな、寝るときに相応しい格好がっ!」

「んー、寝るときに相応しい……、確か念のために持ってきてたのがー……」


 美逢ちゃんに指摘され傍らに置いていたバッグをごそごそと漁り、

「あったあった、じゃーん!」

 と梓さんが引っ張り出したのは、透け透けなガーゼのようなピンク色の生地だった。


 一瞬、その生地が何なのかわからなかった。

 しかし、「どう? かわいいでしょー?」と梓さんが身体の前に合わせて見せたことで、その薄っぺらく心許ない生地がいわゆるベビードールと呼ばれる、つまるところ下着と同義のものであることがわかった。


「なんだその変態じみた布は!? スッケスケで防御力皆無じゃないかっ!?」

「……どうしてそんな、いかがわしいお店でしか見たことないランジェリーをわざわざ持ってきているのですか?」

 まるで自分の下着を晒されてしまったかのように、美逢ちゃんが噛み付く勢いで顔を真っ赤にして声を荒げ、華詩子さんは綺麗な眉をこれでもかとひそめて怪訝な表情を剥き出しにする。


「えー、装飾品と一緒じゃん。防御力はないけど攻撃力はマシマシだしー。お嬢だって似合いそうなのに持ってないのー? お子ちゃまは……、まだまだ早いかー」

「わたくし、そのような慎みに欠ける布きれなど持っていません!」

「み、美逢はそんなお腹の冷えそうなのは好きじゃないっ! あとお子ちゃまって言うなビッチ!」

「あーあー、はいはーい、夜中に大声出さないでねー。それじゃあここからは、あたしと悠誠の時間だからー。二人もそこそこで切り上げて寝ちゃってねー」

 荒ぶる二人にこれ以上取り合う気はなさそうに梓さんは両手で耳を塞いであしらい、俺の背中をぐいぐい押して書斎の中へと押し込んだ。




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