#22
「――はい。引っ越してきた先はこちらの学校の近くですよ」
ホームルームが終わるなり、クラスカースト最上位グループ女子たち四人がさっそく
「そっかそっか。……それで、さっきの『ゆーせー様』ってどういう意味なの?」
ここまで教室内に響き渡る大声で、どこから引っ越してきただの、前の学校はどこだっただのと、正直なところ興味なんてそれほどないに違いない質問が繰り返されていた。
そんな質問の全てに華詩子さんは嫌な顔一つせず丁寧に返答していた。
辛うじて「実家の職業は?」との質問がなかったおかげで家業がバレる事態には至っていなかったが、クラスカーストの頂点である
わかりきっていたことだがあの発言が尾を引かないはずがない。
「そーそー、私も気になったそれー。
「ほんとそれなー。水無川ってぜんぜん目立たないし静かっていうか、無愛想? なんか頼りない感じだし、友達いなくて感じ悪そうじゃん?」
今日までカースト最上位グループ女子たちと接点などなかったはずなのに、なかなか辛辣な言われようにもしかすると嫌われているのだろうかと不安になってしまう。
俺は自分から率先して誰かと連んだりするタイプではないだけで、内に不満を秘めて無愛想にしているわけではない。友達が多くないことは強く否定する気はないが。
そんな女子たちの無駄に大声な質問責めに聞き耳を立てているのは俺に限った話ではない。
先ほどのホームルームで華詩子さんの登場まで悪ノリで笑いを誘っていた
「そんなことありませんよ。悠誠様は寡黙で真面目なだけです。わたくしのことを風体で決め付けたりしない誠実な方です。お友達については存じませんが、とても優しいので感じが悪いということはありません」
つらつらと途切れることさえなく滑らかに華詩子さんが言ってのけ、女子たちが笑顔を引き攣らせる。
「えっ、と、……そ、そうなんだ。なんか、ただならぬ関係っぽいねー?」
「わたくしと悠誠様の関係ですか?」
瞬きしているのか疑いたくなるほど真顔で小首を傾げて思案する華詩子さんが、チラリと俺に視線を送ってくる。
そして、俺の眼差しをどう受け取ったのか小さく頷いて見せる。
これ以上喋ってはダメだ。
俺の送った念はただそれ一点のみだ。
ついでに言えば、そんな意味深な態度を取ってしまうと、ほとんど動物園と化したクラス内に上等な餌を放り込むようなものだから止めるべきだが、もはや手遅れだろう。
こうなれば最悪、許嫁の件さえバレなければ――
「わたくしと悠誠様はいいなず――」
「見つけたーっ! ちょっとお嬢っ、どういうことよこれっ!?」
俺からの念を欠片も汲み取れていなかった華詩子さんが、いままさに許嫁と口にしかけた瞬間、教室の扉が盛大に開け放たれ一人の女子が飛び込んできた。
「ねえちょっと、裏工作したでしょ? 自分だけ悠誠と同じクラスになるように編成改ざんしたんでしょー!?」
華詩子さんの席を取り囲んでいたカースト最上位女子たちを押し退けるように掻き分けて、机に両手を叩き付けながら声を荒げたのは
当たり前だが梓さんも別のクラスに転入しているのだ。華詩子さんとは偶然、同じクラスになったのだと思っていたが、梓さんは転入生のクラス振り分けに裏工作が行われたと思い込み糾弾にやって来たようだ。
「……まったく、
「質問に答えてくれるー?」
「人聞きの悪いことを仰らないでください。転入生のクラス割りは学校側が決めることですよ? ご存知ありませんか?」
「はんっ、だから金にモノを言わせて得意の買収でもしたんでしょー?」
「乱暴な言い草ですね。乱れるのは服装だけにしていただけますか?」
さして相手にする気もない余裕の態度で、華詩子さんはしれっと応じながら梓さんの着崩した制服を指し示す。
両手をついて前のめりになっているせいで、ボタンを外したブラウスの胸元からくっきりと谷間が顔を覗かせている。
またしても一触即発な雰囲気で睨み合う二人に、押しやられたカースト最上位女子たちのみならず教室内の全員が言葉を失って成り行きを見守っていると、
「あーっ、ここにいたのか! なあなあ、ゆうせー! こ、この学校、思ってたより男がいっぱいいるんだが……っ!?」
梓さんが開け放ったままだったドアから顔を覗かせた
言うまでもないことだが、美逢ちゃんもまた別のクラスに転入しているのだ。
三人同時に転入してくる以上、全員を同じクラスに偏らせることはあり得ないだろうから、それぞれ三人バラバラに振り分けられたのだろう。
しかし、思っていたより男がいっぱいいるとはどういう意味なのだろうか。我が校は極めて標準的な共学校なので、正確な数までは把握していないが男女比はおおむね半々になっているはずだ。
「うぅ……、美逢ずっと女子校だったから、ここっ、こんなに男がいっぱいいる学校は初めてで……」
俺の制服の袖を摘まんで、美逢ちゃんが首を竦めておどおどと周りに視線を投げ掛け、時折目が合う男子たちに向かって威嚇するように顔をしかめる。
明るい栗色のショートカットを快活に揺らす、転入初日から制服を着崩す見るからに陽キャ美少女の梓さんが乱入してきたことで言葉を失っていた教室内に、今度はプラチナブロンドに碧眼を携えた幼い容姿のハーフ美少女が現れたのだ。
この場にいる全員がおとぎ話の妖精かなにかを目撃してしまったように、言葉を失った口をあんぐりと開いて美逢ちゃんに視線を注いで固まっていた。
「ちょっと悠誠っ、お嬢ヒドいんだよー! ねえ、聞いてるー?」
「悠誠様、鷲見さんの戯れ言に耳を貸す必要はありませんよ」
「ゆっ、ゆうせーっ、お、男がみんなこっち見てるぞ……っ!?」
ただでさえ転入生がやって来るだけでも興味本位で盛り上がるのに、一度に三人も転入生がやって来て、その三人が揃いも揃ってタイプのまるで違う美少女なのだ。
そのうえ三人共がどういうわけか、クラスでも目立たない無愛想で友達の少なそうな俺とやけに親しげとくれば、俺がどんなに黙っていようと否が応でも注目を集めてしまう。
結果として、
「……な、なあ水無川、この子たちは、お前とどういう関係なんだ?」
堪り兼ねてなのか、それともクラスの陽キャ男子筆頭としての責務だとでも思い込んでいるのだろう、福元がこれまで一度もまともに口を聞いたことがない俺の側に歩み寄り、教室内の全員が思い浮かべている疑問を口にしてきた。
「え? いいなず――」
「幼馴染みだっ! お、幼馴染みたちなんだ! それだけ、だから……」
福元の質問に振り返った梓さんが、あれほど秘密だと言ったはずなのに許嫁と口にしかけたところをギリギリで遮る。
たぶん遮れたはずだ、間に合ったと信じたい。
そんな俺の悲愴感さえ漂い始めた表情を受けてさすがに察してくれたのだろう、「はい、幼馴染みです」と華詩子さんは口裏を合わせてくれた。
男子の視線に怯える美逢ちゃんはそれどころではなさそうだったが、ひとまずは難を逃れることが出来た、と思いたい。
まだホームルームが終わっただけでこの有様なのだ。
今後いったいどうなってしまうのかとこの世の終わりを目にしたように絶望していたのだが、一限以降は休憩時間のたびに集まってくるクラスメイトたちの対応に追われている様子だった。
華詩子さんは俺の方を気にする素振りは見せていたが、ひっきりなしに取り囲まれてしまい俺と話をする暇もないようだ。話題性抜群の転入生の性だろう。
帰宅しながら聞いた話だが、梓さんも美逢ちゃんも状況は同じようだった。
ただでさえ別のクラスでそれぞれが話題満載なせいで、人が途切れる隙がなかったそうだ。
俺としては九死に一生を得た思いだったが、なんとか三人の転校初日をやり過ごして校門を潜り抜けた時には、抜け殻になりそうなくらい疲れ果てていた。
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