#21
「みんな、その武器たちは絶対出さないって約束してくれ。頼むから……」
「……ですが、ただの護身用ですよ?」
護身用で済ますには殺傷能力が高すぎるのだ。おそらく誰一人として護身用とは認識してくれない。
「お嬢とお子ちゃまが大人しくしてくれてれば、あたしは抜かないよー?」
「おい、
「だからっ! 遅刻するから早く行こうっ、ほらっ!」
言った側から拳銃を抜こうとする美逢ちゃんの手を掴んで、強引に引っ張って歩き出す。
「――うおっ!? ゆっ、ゆうせーっ!? そ、そんないきなり……」
拳銃を抜かせないために手を掴んだだけなのに、美逢ちゃんは顔を真っ赤にしてぎこちなく狼狽え身を堅くしてしまう。狼狽えたいのはこっちの方だ。
「
「あー、じゃああたしはこっちの手もーらいっ」
ぐいっと身体ごと寄せてくるせいで肘にむにっと柔らかな感触が伝わってきて、美逢ちゃんではないが緊張に全身が強張る。
ただ、俺の肘に伝わってくるのは柔らかな膨らみの感触だけに留まらず、梓さんの脇のあたりからやけに硬い棒状の感触も伝わってくるのだ。
やはり脇に特殊警棒を固定するホルスターを付けているみたいだ。せっかくの温かな感触を掻き消す緊張感が走り、全身の強張りが増してしまう。
「ちょっと二人とも抜け駆けですよっ!」
「早い者勝ちでーす、残念でしたー」
「あ、あわ、あわわ……、ゆうせー……っ」
出遅れた華詩子さんが頬を膨らませながら、どうにか割り込もうと身体を押し付けてくる。
それを阻止しようと梓さんが動くたび、膨らみの柔らかさと警棒の無骨な硬さが肘に押し付けられて、色々な意味でハラハラが治まらない。
美逢ちゃんは俺に掴まれた手をジッと見つめて真っ赤になって俯いていた。
その後、道行く人たちの目を憚ることもなく、俺の隣を並んで歩く位置取りで小競り合いを繰り返していたが、表通りに出たあたりで同じ学校の制服も目立ち始めたため、美逢ちゃんの手を離し梓さんがしがみ付いたままの腕を解く。
「ゆ、ゆうせーの……、おっきくて……、かたくて、なんか熱くて、すごかった……」
俺に掴まれていた手をジッと凝視して、美逢ちゃんが小声で呟き震えていた。
拳銃を抜かせないためとはいえ申し訳ないことをしてしまった。あと誤解を招きそうなので声に出して言わないでほしい。
梓さんは最後まで割り込めなかった華詩子さんのことを勝ち誇った表情で煽りに煽っていた。
リスのように頬を膨らませて俺をジト目で睨んでくる華詩子さんを、どうやり過ごせばいいのか困り果ててしまった。
「それでは、わたくしたちは事務室に向かいますので」
初登校時の転入の手続きか何かだろうか、三人はひとまず事務窓口に向かう手筈となっているそうだった。
転入の経験がない俺には具体的な流れはわからないが、いまだに頬を膨らませて手を振る華詩子さんと、よろめく美逢ちゃんを支えながら投げキッスを寄越す梓さんと校門前で別れた。
先週までと変わらない、取り立てて語るべきこともない通学路を登校してきただけのはずなのに、俺はもうすでにぐったり疲れ果てていた。
生徒玄関で上履きに履き替え、階段を上がって自分の教室の扉を開ける。そして、そこに広がる教室内の様子を一望する。
改めて例え上げる必要もない見慣れた朝の教室の光景が広がっている。
先週までは気にすることさえなかったのに、あまりにも平和に過ぎる有様が眩しく輝いて見えるようだった。
たったの一日で自宅での平穏を奪われてしまった俺は、大袈裟ではなくホームルーム前のがやがやと騒がしいこの光景に実家のような安心感さえ覚えてしまった。
――それなのに、いや予感めいたものは感じていたのだが、この安心感でさえも長続きすることはなく、やがて始まったホームルームで打ち砕かれてしまうのだった。
「はーい、静かにー。今日は転入生を紹介しまーす」
ガラリと扉を開けて入ってきた担任の女性教師が間延びした声を上げる。
「おおー、転入生っ! 女子ですかー? 女子ですよねー? 女子を希望しまーすっ!」
すぐに我がクラスの陽キャ男子筆頭の
そんな様子でさえも心穏やかに見つめていられたのは、残念ながらここまでだった。
「はいはい、見たらわかるから静かにー」
「おおぉぉーっ、否定しなかったから女子じゃねっ? やったぜぇー!」
「あーあー、福元うるさい静かにー。それじゃ入ってー」
諸手を挙げて小躍りを始める福元を軽く窘めながら担任が廊下に向かって声をかけ、待たせていた転入生に入室を促す。
「――――――えっ」
ただでさえ転入生だなんて突発的なイベントにざわついていた教室内が、まさしく水を打ったように静まり返った。
艶やかな黒髪をなびかせつつ、滑るように優雅な足取りで教卓まで歩みを進めた転入生の姿にクラスメイト全員が息を呑み、俺は抗いようのない頭痛に見舞われた。
「皆様はじめまして。白鳥華詩子と申します。よろしくお願いいたします」
きりりと背筋を伸ばして凜と立つ姿から、流れるような所作で丁寧に会釈する。
一瞬の間を置いてざわめき立ち始めた教室内の視線を欲しいがままに集め、華詩子さんはくすぐったそうに微笑みを湛える。
そんな優美な仕草にすっかり当てられたのか、直前まで囃し立てていた陽キャ福元は、目を丸くして陸に打ち上げられた魚のように口をパクパクさせていた。
冗談っぽく女子の転入生希望だのと騒いでいたのに、現れた華詩子さんの美しさが予想の範疇を遙かに超えていて言葉を失ってしまったのだろう。俺も最初見た時はそうだった。
福元に限らず全てのクラスメイトが溜息を漏らすほど華詩子さんの美しさに圧倒される中、俺はといえば頭を抱えて絶望していた。
転入してきたのだから当然どこかのクラスに振り分けられるのだ。しかし、よりにもよって同じクラスになってしまうとは。
「それじゃ、白鳥さんの席は――」
担任が空いている席を指し示しているにもかかわらず、華詩子さんはやはり滑るような迷いのない足取りで俺の席に近付いてきて、
「よろしくお願いしますね、悠誠様」
周りの視線などものともせず、大きな目を弧にしてはにかんで見せる。
お嬢様然としたとんでもない美少女が転入してきたかと思ったら、クラスの目立たない中間層である俺の名前に様を付けて微笑んだのだ。
クラスメイト全員から向けられているであろう驚愕の眼差しを直視できず、俺は机に両肘をついて忍び寄ってくる眩暈に必死で抗っていた。
登校中にあれだけ目立つ行動は控えようと言ったはずなのに、転入直後からこの調子では秘密が露呈してしまうのなんて時間の問題としか思えなかった。
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