#20
重い足を引き摺るようにして通学路を歩きながら、俺は思考を巡らせる。
――どう考えたってまずい。
言うまでもなく、学校で許嫁がいるなんてことがバレてしまうことだ。
しかも一人いるだけで物珍しい許嫁が三人もいるのだ。さらに一つ屋根の下で同棲じみた生活を送っているだなんて、絶対にバレて良いはずがない。まずすぎる。
ろくな噂が立たないに決まっているし、噂程度で済めば良いが場合によっては問題となってしまいかねない。
よりにもよって、俺が一人暮らしであるがばっかりに同棲色が色濃くなってしまう始末なのだ。どう取り繕っても言い逃れは難しいだろう。
自分でいうのも何だが、俺は極めて普通の男子高校生のつもりだ。
イケメンではないことは自覚しているし、かといってクラス内で疎まれ忌避されるようなポジションでもない。陰キャではないつもりだが、進んで陽キャの仲間入りするようなこともない、いわゆる可もなく不可もない中間層だと思っている。
個性が無いことが個性とでも言えなくもない、この歳で両親に先立たれただけの普通の高校生だ。
別に穏やかな学校生活を渇望しているわけではないが、だからといって自ら望んで波風を立てたいわけでもない。平穏な毎日が過ごせるなら、それに越したことない。
そんなクラスの特段目立たないヤツにとんでもない美人や美少女、見た目の幼い許嫁がいるらしい。しかも三人も、だ。話題にするなというほうが無理がある。
学校側からも問題視されてしまうだろうし、風紀を乱していると叱責を受けた場合、返す言葉が思い浮かばない。
停学処分なんてこともあるだろうし、最悪の場合には退学処分だってあり得るかもしれない。
さらにそれだけに留まらず、三人は特に実家がまずい。実家がヤクザだなんて大っぴらに公言出来る家柄ではないはずだ。
俺は個人と家柄は切り分けて考えている。
しかし、それは俺の考え方であって世の中全ての人が満場一致でそう受け止めてくれるわけではない。
下手をすると転校初日に全てがバレてしまい、有無を言わせず即刻処分されてしまう可能性だってゼロではないのだ。
「……が、学校では、許嫁のことは秘密にしよう」
「どうしてですか?」
「いや、どうしてって親同士が勝手に決めたことだし、一人いるだけでも珍しい許嫁が三人もいるなんて――」
「だったらいますぐ一人を選んでくれて良いんだよー?」
きょとんと首を傾げた
「いや、それが出来たら苦労しないんだが……」
「
頭一つ小柄な美逢ちゃんが小走りで付いて来ながら自分を指差して胸を張る。
歩幅がみんなと比べて小さいのだろう。気を遣って少し歩調を緩めた俺の隣で、
「……いま
背中を押された華詩子さんが梓さんに向かってくるりと振り返るなり、制服のスカートの裾をたくし上げて太腿に手を添える。
「はー、やだやだ。まったく朝っぱらから血気盛んだねー。……その手を抜いたらどうなるか、わかるよねー?」
肩を竦めてみせる梓さんはすでに、制服の内ポケットに腕を突っ込んで前傾姿勢になっている。
二人とも屋外だからか、得物そのものを抜き出してはいない。
出してはいないのだが制服にもかかわらず、華詩子さんは太腿にナイフを仕込んでおり、梓さんも内ポケットに特殊警棒を隠し持っていることを匂わせる仕草だ。
となると、もしやと思いつつ恐る恐る首を捻って振り返ってみると、
「なにを物騒なモノ出そうとしてるんだ馬鹿共が。ゆっくりと手を頭の後ろで組め」
案の定、美逢ちゃんはすでに拳銃を抜いて構えていた。
「うわああぁぁぁぁっ!?」
美逢ちゃんが構えていた拳銃を慌てて両手で覆い隠し、辺りに視線を走らせる。
わずかだが通行人の姿はあったものの幸いにもこちらを気にしている様子はない。日本人の朝が総じて忙しくて助かった。
「おい、ゆうせー、そんないきなり飛び付いてきたら危ないぞ? おもちゃじゃないんだからな?」
昨日、嬉々として説明してくれていたデリンジャーという小型の拳銃だった。本当に小さく、美逢ちゃんが手にしている限りはおもちゃといってしまえば誰でも信じてしまいそうな可愛らしさだ。
心の底からおもちゃであって欲しかったと願うばかりだ。
「と、とにかくっ、仕舞って……っ」
ぐいぐい拳銃を押さえ付けられ美逢ちゃんは渋々といった様子で、華詩子さんと梓さんを警戒しながら背後に手を回して拳銃を収めてくれた。
構造はわからないが、どうやら腰の背中側にホルスターがあるらしい。ぱっと見ではまったく気が付かない。
華詩子さんのナイフも太腿に仕込まれているため、スカートをたくし上げない限りは見えない位置だ。梓さんは制服の内ポケットか、脇に特殊警棒用のホルスターでも付けているのだろう。
これは一大事だ。許嫁の件を秘密にするだの言っていられる状況ではない。
社会的に絶対に持っていてはいけない物騒なモノを、三人共が何食わぬ顔で平然と装備しているのだ。
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