#16
「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
対する俺は、中学の時のジャージ姿だ。捨てるには忍びなかったためパジャマ代わりにしているのだ。
散々、揉め倒した挙げ句にやっとジャンケンで順番の決まった添い寝の時がやって来てしまった。
挨拶の仕方もさることながら、華詩子さんの寝間着姿のせいで昭和の新婚夫婦の初夜みたいだった。
実際のところ昭和のことなんて知りはしないので完全な当てずっぽうなのだが。
「……えっと、そ、添い寝って、本当にするつもりなのか?」
「もちろんです。それでは、お布団敷きますね」
狼狽えきっている俺の最終確認に、ふわりと微笑みを返して手際よく布団を敷き始める。
添い寝なのだ。
言葉のままの意味であれば、寄り添って寝るだけだ。
そう、ただ隣り合って寝るだけなのだ。しかし、はたして高校生の男女が寄り添い合って寝るだけで留まるのだろうか。
いや言うまでもなく、俺が留めさえすれば良いだけの話なのだが、華詩子さんはどんなつもりでいるのだろうか。
有り体に言って一線を越えるつもりでいるのだろうか。
だがしかし、華詩子さんにどんな気があろうと手出しなんて出来るはずはない。
なにしろ華詩子さんに手を出すということは、それはつまり既成事実となり結果として、
そうなると二人の組織から命の危険に晒されてしまうのだ。
「
性格なのだろうか、華詩子さんの敷いてくれた布団はシーツに皺一つないくらいきっちりと張られ、几帳面さが滲み出しているようだった。
ただ一点のみ問題があった。敷かれた布団は一組だけで枕が二つ並べられていた。
「……華詩子さん、添い寝はなにも一緒の布団で寝なくても良いのでは?」
「悠誠様は、わたくしが相手では嫌、ですか?」
怪訝な表情が押し出されていたのだろう、俺と視線を絡ませた華詩子さんはショックを受けたように眉尻を下げて悲しそうに視線を落としてしまう。
口元に添えられた手や傾げた首の角度に至るまで、華詩子さんのそんな姿はとにかく可憐で儚くいじらしい。
そして、なによりその仕草は卑怯だ。
抗いようのない胸の高鳴りを抑えきれず、口から心臓が飛び出して目が回りそうだった。
「――と、とと、とにかくっ、布団は別々にしようっ!」
「わかりました。悠誠様がそう仰るなら……」
小さく息を吐き、すとんと納得して見せた華詩子さんが改めてもう一組の布団を敷き始める。
ひとまず危機は去ってくれた。すぐにやましいことを考えてしまう自分を戒め、煩悩を捨て去ることに集中することにしよう。
やがて敷かれたもう一組の布団は、ぴったりと隣にくっ付けられていた。これはこれで新婚初夜感が醸し出されてしまい、捨て去ったはずの煩悩がにじり寄ってくる。
だからといって最初は同じ布団で添い寝しようとしていたくらいなのだ。このあたりで妥協しないと、また華詩子さんに悲しい顔をさせてしまうかもしれない。
疼く頭痛を堪えながら華詩子さんに視線を送ると、声を出すことはなくピンと立てた人差し指をそっと口元に添えて見せてきた。
いったい今度は何の合図だろうと瞬きしていると、華詩子さんはそろりと音を立てずに書斎のドアに近付き、ドアノブを掴むなり一気に押し開く。
「うわっ!」
すると、梓さんと美逢ちゃんの二人が折り重なるようにして倒れ込んできた。どうやらドアの前で聞き耳を立てていたらしい。
「盗み聞きとは感心しませんね」
倒れ込んだ二人を見下ろす華詩子さんは笑顔だったが、一切瞬きをしない目はまるで笑っていなかった。正直、超怖い。
「これはそのー、お子ちゃまがどーしても気になるって言って聞かなくってさー……」
「おい、ふざけるなっ! お前が偵察に行くって言ったんだろうがビッチ!」
完全に劣勢な梓さんの格好は、普段着同様のラフなタンクトップとショートパンツ姿だった。
もこもことした素材のショートパンツから伸びる脚はしなやかに健康的だったが、タンクトップは襟元がやけに緩めで、前から横から丸い胸が主張を繰り返しとにかく目のやりどころに困ってしまう。
それに引き換え美逢ちゃんは標準的なパジャマ姿だった。ツヤツヤとした見るからに高級そうなシルク素材でフリルがたくさん付いている。美逢ちゃんの幼い見た目のせいでアンティークな着せ替え人形に似た雰囲気を醸し出していた。
「今夜はわたくしの番だと決めたはずです。邪魔をなさらないでくださいませ」
冷淡に告げる語気に苛立ちを含ませながら、華詩子さんは二人をドアの外へと追いやるように廊下へと押し出していった。
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