#15


 ことあるごとに衝突を繰り返す三人の気持ちがわからないでもなかった。

 部屋割りに関してだけならば親父の書斎はうちで唯一の独立した洋間なのだ。


 先ほど案内した時に開け放ったとおり、うちは昔ながらの日本家屋のため、台所と茶の間と客間、そして俺が寝室として使っている和室は襖一枚で隔てられているだけだ。つまりお互いに気を遣わない限りプライバシーは侵害し放題なのだ。


「えっと、今夜はちょっと片付けが間に合わないけど使ってない和室もあるぞ?」

 三人が書斎を所望する理由はプライベートを保つために違いない。

 親父の書斎は完全に独立しているので、俺の和室や客間のように襖一枚で隔たれているわけではない。

 そこで今は物置と化している和室なのだが、四畳半という狭さを我慢してもらえればこちらも独立した間取りとなっている。


「今夜だけ我慢してくれれば、明日以降に片付ければって――」

 俺の提案に耳を傾けてくれているとばかり思っていたのだが、振り返って言葉を失う。


 親父の書斎を取り合って、華詩子かしこさんはナイフを、あずささんは特殊警棒を、美逢みあちゃんは拳銃をすでに構えて三つ巴で睨み合っていたからだ。


「うわああぁぁっ!? なにやってんだ、待てっ! 落ち着けっ!!」

 図らずも、某有名恐竜映画の檻の中でラプトルに囲まれた主人公が行ったジュラシックポーズになってしまった。


「わたくしが使うと申しておりますが……?」

「そうやってすぐエモノ抜く手癖の悪さ治した方が良いよお嬢ー……?」

「人の手癖を指摘する前に自分の服の乱れを直せビッチが」


 たかが部屋割りで惨憺たる状況だった。

 今回は三人とも立っていたため美逢ちゃんの指摘通り、梓さんの胸元がはだけているだけだったが、だからといって何が良いわけでもない。

 眺めは良いかもしれないがのんびり眺めていられる状況ではないのだ。


「……よし、わかった。親父の書斎は俺が使うことにする」


 諍いの元をなくし平等に三人を宥めるにはもはやそれしかない。

 三人がそれぞれ気を遣い合って襖一枚を隔てプライバシーを保ってもらおう。無理そうな気しかしないが。


「……わかりました。家長である悠誠ゆうせい様がそう仰るのであれば従うのが許嫁の務めです。では、悠誠様の安全を確保するため今夜はわたくしが添い寝をいたします」

「――はあっ!? そそ、添い寝っ!?」

 他の二人を警戒しながらナイフを仕舞ってワンピースの裾を整え、やっと納得したかと思ったところ華詩子さんはさらにとんでもないことを付け加えてしまう。


「ちょっと、なに勝手なこと言い出してんのよー?」

「そ、そそっ、そうだぞっ! ゆうせーをなにから守るって言うんだっ!?」

 梓さんが眉根を寄せて苦言を呈し、添い寝という単語に過剰反応を示す美逢ちゃんが顔を真っ赤にして眉をつり上げる。


「もちろん、あなた方からです。大切な悠誠様の寝込みを襲いかかりかねませんので」

 ツンと澄まして華詩子さんがしれっと言い切る。あなた方と言いはしたものの、視線は梓さん一人に向けられていた。


「はあー? そっちこそ初心うぶなフリして既成事実作るために悠誠の寝込みを襲う気なんじゃないのー」

「失礼なことを言わないでいただけますか?」

「お嬢みたいな澄ましたタイプがさー、じつは性欲魔神だったりするんだよねー」

「だっ、誰が性欲魔神ですって!?」

 ここまで余裕で落ち着き払っていた華詩子さんが声を荒げる。よほど聞き捨てならなかったらしい。


「おい、ゆうせー。こんなビッチと性欲魔人からは美逢がばっちり守ってやるぞ。だから今夜は美逢が書斎で、そ、そそっ、添い寝を……」

 あいかわらず不遜な態度で二人を馬鹿にしながら俺に囁きかけてきた美逢ちゃんだったが、語尾は小さな唇をもにゅもにゅさせて言い淀んでしまう。添い寝がそんなに恥ずかしいなら無理して対抗しなくてもいいだろうに。


「いや、添い寝なんて必要ないから――」

「ダメです。わたくしたちは悠誠様に選んでいただく必要があります。誰かに出し抜かれるわけにはいきませんので、ここは公平に順番を決めてしまいましょう」

「順番……?」

「はい。ひとまずは今夜の添い寝担当を。そして明日以降の順番を決めてローテーションにすれば揉めることもありませんので」

 人差し指を立てて整然と語る華詩子さんだったが、そもそも添い寝を止めるという選択肢はないのだろうか。


 愕然として成り行きを見つめる俺の目の前で、三国志もかくやと思われるジャンケンが決行された。

 これ以上物騒なものを取り出さないように見張って勝敗の行く末を見守っていたところ、今夜の添い寝当番の座を射止めたのは華詩子さんとなった。


 ちなみに明日は梓さんで明後日が美逢ちゃんとなった。二人とも納得のいかない表情で華詩子さんを睨んでいたが、俺の目に映る限りジャンケンは公平だったはずだ。


 その後、あれだけ書斎で揉めていたとは思えないほど、梓さんは俺が使っていた和室を、美逢ちゃんは客間を使うことであっさりと落ち着いた。

 しかし毎日交代で添い寝のために書斎にやって来るので、固定の自室として使うつもりはないらしい。


 ほくそ笑んでいるように見えてしまう華詩子さんの微笑みを目の当たりにし、俺の頭痛は警鐘を鳴らすように増すばかりだった。




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