#14


 三人から突き飛ばされるように客間から出て、たいして広くもない部屋を求められるがままそれぞれ案内させられる。


 台所にトイレ、洗面所に風呂。どれもとりたてて珍しくない日本家屋のそれだ。いや、わりと古い日本家屋なので逆に珍しかったりするのかもしれない。


「ここが茶の間で、こっちが俺の部屋――、まあ寝るときだけ使ってる和室だ」


 開け放てるだけの襖全てを開け放って解放する。

 先ほどまで俺たちがすったもんだを繰り広げていた客間と、台所と茶の間、俺が寝室として使っている和室。四角く並んでいるこの部屋たちは、襖を開け放つと全て繋がる間取りとなっている。

 図らずも、日曜夕方放送の古き良き魚介類系ファミリーが暮らす平屋一戸建てとほとんど同じ間取りだった。


 客間の不穏に満ちて胃が絞られるように淀んだ空気が、開け放つことで少しでも流れてくれればと思ったが気休めでしかないだろう。


「あちらの部屋は?」

 しなやかな指先を伸ばして華詩子かしこさんが指し示さした先は、うちで唯一の洋間のドアだ。

 

「ああ、あそこの洋間は親父の使ってた部屋、書斎ってやつだよ」

「こっちの襖はー?」

 あずささんが親父の書斎の向かいの襖を指差す。


「そっちは和室だけど、ずっと使ってないからいまは物置になってる」

 答えながら書斎のドアに手を掛ける。


 生前の親父は刑事という仕事柄、帰宅する時間も不規則だった。

 そして親父は先ほどの客間に布団を敷いて寝ていたため、この書斎にこもって何かをしている姿はほとんど目にすることはなかった。

 親父が亡くなった後、整理のために入った時も壁一面に難しい本が並べられた書棚が置かれている、俺の記憶にあった室内のままだった。

 あとは申し訳程度の小さなローデスクがあるだけだ。それだけの見た目から、俺が勝手にこの洋間を書斎と呼んでいるだけだった。


「ここが……、悠誠ゆうせい様のお父様のお部屋ですか」

「難しそうな本がいっぱいだねー……」

「……クローゼットも見ていいか?」


 美逢みあちゃんがクローゼットと称したそこは、そんな小洒落たものではなくただの押し入れなのだが、大したものは入っていない。

 梱包されたままのダンボール箱がわずかばかり押し込んであったり、今の季節には使わないヒーターなどが収められている。


 たいして広くはないとはいったが、俺が一人で暮らすだけだったので慌てて片付けないといけない理由も、親父の遺品整理を急がないといけない理由もなかったので手付かずのまま放りっぱなしだった。


 三人とも親父の書斎の何がそんなに興味深いのか、ぐるりと首を捻って隅々まで見渡している。

 かなり古めの日本家屋なので物珍しさでも感じるのかもしれない。みんな実家がヤクザの組長やマフィアのボスともなれば、勝手なイメージだが煌びやかな豪邸住まいなのだろう。

 自宅の犬小屋よりも手狭な庶民の暮らしに興味が尽きないのかもしれない。


「これで全部だ。な? 案内するほどでもなかっただろう?」

「ありがとうございます悠誠様。――それでは、部屋割りを決めましょう」

 恭しく頭を下げた華詩子さんはくるりと振り返るなり、梓さんと美逢ちゃんにいきなり提言し、二人とも黙って頷く。


「部屋割り……? えっとだな、改めて確認させて欲しいんだが……、本当にここに住むつもりな――」

「「「もちろんっ!!」」」

 俺の語尾を豪快に遮って、食い気味に三人揃って身を乗り出しながら即答する。


「先ほどの許嫁の件ですが、悠誠様のお父様の御意志が確認できない以上、生活を共にし悠誠様本人にこの中で誰が一番許嫁に相応しいか選んでいただくのが最善かと」


 小さく咳払いをし、しれっと言ってのける華詩子さんに次いで、

「まっ、それしかないよねー。別の許嫁がいたからってすごすご帰ったりしたら、組のメンツが潰されたって大騒ぎになるだろうしさー」

 補足するように梓さんが言い添える。


「ふむ……。しかし、ゆうせーが美逢を選ばなかったら、本国のファミリーも黙ってないだろうからな。事実確認のために総出で来日してくることになるだろうな」

「そんなことはこちらも同じです」

 なにやら聞き捨てならない恐ろしい含みを口にした美逢ちゃんに、あろうことか目を伏せながら華詩子さんが同調し、梓さんは黙って顎を引いて頷く。


「……ちょっと待ってくれ。仮に、仮にだぞ? 俺が三人のうちの誰かを正式な許嫁として選んだとしたら、その場合、選ばれなかった二人の実家から――」

「安心して下さい悠誠様。うちの家業は地域の人助けを重んじております。末端の構成員に至るまで命を賭けて全力でお守りいたします」

「大丈夫だよー。あたしんとこに任せてくれれば、他の組織からの刺客なんて返り討ちにするからさー。無駄に血の気が多いのが揃ってるからねー」

「美逢のファミリーはゆうせーを迎え入れる準備は万端だぞ。本国から武装勢力を呼び寄せるから何も心配する必要はない。場合によってはイタリアに高飛びも出来るぞ」


 三者三様の流れるような笑顔のセールストークを聞かされながら、どんどん頭痛がひどくなっていく。

 当たり前のように口にした、構成員が命を賭けるとか、刺客を返り討ちにするとか、武装勢力を呼び寄せるとか、許嫁を選んだ結果に付随してくる出来事ではまったくない。


「…………じゃあ、もしも仮に、俺が誰も選ばなかったら?」


 こめかみに突き抜ける痛みを堪えながら試しに恐る恐る訊ねてみると、三人は揃って黙り込み俺から視線を逸らしてしまった。


 えっ、なんだよその反応は。もしかして俺って消されるのか……?


 拒否権のない三択であり、三人のうち誰を選んでも平穏には収まらず、最も平等だと思われる誰も選ばない選択肢だと地獄しか待っていない。


 不可抗力と一言で片付けるには到底納得出来ない状況に、関わるかどうかの選択権も与えられないまま、もうすでにどっぷり嵌まっているのだ。

 そんなつもりなど一切なく、何の気なしに街をぶらついていたら、いきなりヘビー級タイトルマッチのリング上に立たされてしまった気分だ。しかもチャンピオンが三人もいて同時にリングで待ち構えているのだ。絶望的というより他ない。


「話が逸れてしまいましたが、時間も時間ですので部屋割りを決めてしまいましょう」

 改めて華詩子さんが仕切り直したとおり、時計を見るとしっかり夜中といって差し支えない時間になっていた。


 後に引くことが出来ない以上、ひとまず俺たち四人が形だけでも平穏に共同生活を送るために部屋割りを決めるのは重要だと思えた。

 四人でそれぞれ使うとなると、先ほどの客間と俺が使っている和室、さらに今は物置と化している和室と、親父の書斎だ。

 客間をあてがうのはどうかと思うが間取りには限りがあるため仕方ない。ひとまずはちょうど四室あるといえば、ある。のだが――


「わたくし、お父様の書斎を使わせていただいてよろしいですか?」

「ちょっと待って。そこはあたしが使うよ」

「ふざけるな。美逢が先に目を付けていたんだぞ。お前らは別の部屋を使え」

 三人共が真っ先に親父の書斎を所望してしまい、部屋割りの初手からさっそくぶつかってしまう。二言目には衝突しないと気が済まないのだろうか。




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