#13


「そもそもの話に戻すんだが、三人が小さい頃に誘拐されて親父に助けられた。その恩から俺の許嫁にする約束を交わしたらしいが、肝心の俺は親父からそんな話を一度として聞かされていない」

「そう言われましても……」


 昨日から薄々脳裏を掠めていたことだが、この許嫁の話自体が本当なのだろうか。


 確かに親父の人助けは癖のようなものだった。

 いついかなる時でも困っている人を放っておけない人だった。その性格が災いして命まで落としてしまったのだから。


 そして組織犯罪対策課、いわゆるマル暴だったこともあり少なからず暴力団関係者とも面識があったことは魚住うおずみさんから聞いている。もちろん、三人の家業がヤクザだから疑っているわけではない。


 困っている人を放っておけない親父だからこそ、許嫁の約束を簡単にほいほい取り付けたりするだろうか。

 何か話の齟齬というか、行き違いのようなことがあったのではないのか。必死に頭を捻って考えてはみるものの当事者である親父はもうこの世にいない。


 たとえば俺が独り立ち出来る年齢になる頃合いを見計らって、許嫁がいるという話を伏せていたのか。

 伝える前に亡くなったせいで俺にだけ事実が知らされないまま、この事態を招いてしまったのか。

 可能性はいくらでもあるのだが、親父に確認を取る手段が存在しない以上いくら考えたところで結論は出ない。


「三人のお父さんと俺の親父との間でどんな約束が交わされたのかはわからないが、おそらく何か認識のズレがあったんじゃないかな……」

「認識のズレ、ですか?」

「うん。俺の親父が許嫁の話を持ち掛けられて、あるいは最初の一人は了承したかもしれない。けど、二人目以降に同じ話をされて受け入れたりするかな? だからきっと、許嫁だなんて仰々しい約束じゃなくて、もう少し軽い感じだったんじゃ……」


 許嫁ほどではない軽い感じの何かと説明しながら、それはそれでいったい何の約束なのだと自分で呆れてしまう。

 それと口には出さなかったが、あり得るとすれば相当強引に許嫁の話を押し切られたかだろう。


「でも、現にあたしらの父さんが約束したって言ってたわけだしー?」

「だから何か、そもそもの話に語弊があったんじゃないかって……」

「ふむ。しかしだな、ゆうせー。美逢みあのパパはきちんと『お前の息子に俺の娘をやる』って言い切って、ゆうせーのパパもそれを了解したって聞いてるぞ?」

「それでしたら、わたくしもお父様から同じように聞き及んでおりますが」

「あたしもだねー。ていうか、アンタのパパってイタリア人でしょ? 日本語ちゃんと理解出来てたの? もしかしなくてもアンタの約束が一番怪しくないー?」

「……なんだとビッチ? 美逢のパパを侮辱してるのか?」

「……あたしのことをビッチ呼ばわりしといて侮辱にキレるとか頭沸いてるのー?」

「黙れっ、その格好こそがビッチ以外の何物でもないだろう。これ見よがしに胸を剥き出しにして恥ずかしくないのか?」


 あずささんの格好は美逢ちゃんの指摘の通りとてもラフだ。しかし、だからといってビッチとは言い切れないだろう。

 ただ、パーカーのファスナーを途中で押し留めている豊満な胸の谷間が、動くたびにチラつき揺れているのは確かに目のやり場に困る。


「はー、やだやだー、お子ちゃま幼児体型が僻んでんじゃないわよー」

「……おい、まさかまた美逢のことをお子ちゃまと言ったのか?」


 本当にすこぶる相性が悪いのか、ほんの少し言葉を交わしただけですぐに一触即発な雰囲気に逆戻りしてしまう。


「血気盛んで嫌ですわね。粗野なお二人が出ていってくだされば全て解決するのですが、ひとまず許嫁の件は今後ゆっくりお話し致しましょう。ささっ、悠誠ゆうせい様。こんな二人のことなど放っておいて、お部屋を案内して下さい」

 睨み合う梓さんと美逢ちゃんの姿を遮るように、華詩子かしこさんが身を乗り出して俺に微笑みかけてくる。


「え、部屋って……?」

「もちろん、本物の許嫁であるわたくしはこちらでお世話になるわけですから、悠誠様のお宅の間取りは一通り把握しておきたいので」


 最優先で許嫁の件を解決するべきだと思うのだが、もはや三人共が引くに引けなくなっているのだろうか。

 どうしてそこまでして許嫁にこだわるのか、早い者勝ちとでも言わんばかりにどんどん話を進めてしまう。

 そして三人がそれぞれ持ってきた荷物を見れば一目瞭然だが、やはり本当に住む気満々らしい。


「そんな案内するほど広い家じゃないんだが――」

「ちょっとお嬢、なに抜け駆けして本物の許嫁なんて言ってんのよー? 悠誠っ、唯一の許嫁のあたしに先に案内してよー?」

「おい、ゆうせー! コイツらなんて後回しで良いからキングオブフィアンセの美逢を一番に案内しろっ!」


 睨み合っていたはずの二人が押し合いへし合いするように詰め寄ってくる。本物でも唯一でもキングオブであろうとも、もはや聞いているだけで頭痛がひどくなる。


 きっと親父もこんな調子で許嫁の約束を押し切られてしまったのではないだろうか。




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