#12
頭痛を言い訳に、この膠着状態に見て見ぬフリなど出来るはずがない。
あまりに目を疑う光景が巻き起こって、この現状をどう処理すれば良いのかさっぱり理解が追い付かず、そんな時に限って俺はものすごくどうでもいいとしか思えないことを口走ってしまった。
「――あのっ! 三人とも、こんなときに何なんだが……、格好が、その……」
「「「…………」」」
俺の発言で興を削がれたのか、三人はお互いを警戒しながらも自らの姿にチラリと視線を落とし、揃いも揃って顔を赤くしながらそそくさと居住まいを正し始める。
「お、お見苦しいものを……、申し訳ございません……」
「ああー、っと、その、ごめんねー……」
「うっ、ううぅぅ……、こ、これは、うっかりで、だな……?」
華詩子さんがワンピースの裾を整えて肩を竦めながらか細く呟き、梓さんは照れ笑いを浮かべながらパーカーの前を掻き合わせ、美逢ちゃんは小型犬が威嚇するように唸りながらペタンと座り込んでしまった。
「……いや、なんか、こっちこそごめん」
見てはいけないものを不可抗力とはいえ一通り目撃する形になってしまい、なんとなく流れのままに謝罪の言葉を口にしたのだが、三人のあられもない姿以前にもっと見てはいけないものを目にしてしまったことを思い出す。
「――って、それって、本物なのか……?」
華詩子さんの前に抜き身のナイフ、梓さんの前に収まった状態だが明らかに特殊警棒。そして本物であるのかどうかが最も気にかかる、美逢ちゃんの前に置かれた二挺の拳銃。
「あっ、これはですね……、シースナイフといって使わないときは鞘に収めておけるのでとっても安全なのですよ……?」
収納時の安全性はともかく、太腿にナイフを隠し持っている状態がちっとも安全性を物語っていない。
「あー……、あたしのこれは……、えぇーっと……、い、いつでもスイカ割りしたくなったときに、便利だからさー……」
俺の認識不足なのかもしれないが、これまで一度として特殊警棒でスイカ割りしている人を見たことがないし、ふいに思い立ってスイカ割りがしたくなることがない。
「美逢のこれはもちろん本物だぞ。こっちがパパからプレゼントされたベレッタM9だ。それでこっちの小さいのはデリンジャーだ! ゆうせーにならちょっとだけ触らせてやってもいいぞ?」
嬉々として碧眼を輝かせて、むしろ見せびらかすように俺に向かって躊躇いもなく黒い塊を差し出してくる。
一番、本物であって欲しくなかったのだが、希望は潰えた。
俺だって男なのだから生まれて初めて本物と思われる拳銃を目にしたら、興奮のあまりテンションが爆上がりするかと思った。
だが実際は極めて冷静に落ち着き払っていた。それどころか頭痛がひどくなってしまう有様だ。
「どうして、こんなものを持ってるんだ……?」
あまりに自然に口を衝いて飛び出した疑問だったが、三人の家業を鑑みれば聞くまでもなかったことに言ってから気が付いた。
「もちろん護身用ですよ。……誘拐事件後、ほとんど強制的に持たされるようになりました。いまでは肌身離さず身に付けていることが当たり前なのです」
華詩子さんが俯き気味に語った説明に、梓さんと美逢ちゃんも小さく頷いて肯定する。
三人は親父が解決に導いたという誘拐事件の被害者なのだ。愛娘の身を案じるのは親として当然のことだと思えた。
それにしたって、装備させるものが危険すぎるとしか思えない。身を守る防衛目的よりも、真っ向から立ち向かって返り討ちにするための対抗手段に思えてならない。
「そ、そうか、護身用か……。それはそうと、三人はみんな面識あったのか?」
鉢合わせたときには、それぞれの家がヤクザやマフィアだとバレないように気遣ったのだが、そもそも三人ともが各々の家柄も含めて知っている様子だった。
「はい。……知らないと言うと嘘になってしまいます」
「あー、ね。面識っていうかー、同業だから嫌でも認識だけしてるっていうかー……」
「もちろん知ってるぞ? メリディアーニファミリーの取引先の一つだからな。
せっかく二人がやんわり言葉を濁しているのに、一人だけ歯に衣着せない物言いで美逢ちゃんが言ってのける。
途端に二人の視線に殺気がこもり、再び室温が急激に下がったように感じる。
特にビッチ呼ばわりされた梓さんの方は、全身から殺意を立ち上らせているようにさえ見える。
「よ、よし、わかった! いったん落ち着こうっ!」
獰猛な獣の注意を逸らすために声を上げる。次に武器を手に取られた時は、誰かの血しぶきが上がりそうな気がしてならない。
梓さんがビッチかどうかはこの際置いておこう。
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