#11
「――と、いうわけなんだ。正直、俺にも何がどうなっているのか、そもそも本当の話なのかさえわからないんだ……」
明らかに軽蔑の混ざった視線で俺ににじり寄ってくる三人をなんとか宥め、客間の白々しい明かりの下、昨日起こった出来事を順を追って説明した。
念のため、
とにかく親父がその昔、三人の誘拐された事件を解決に導いたとだけ掻い摘まんで説明し、ややこしくなりそうな部分は割愛した。
「……なるほどです。お話はわかりました。……
「え、ああ。昨日起こった順に説明した」
「では、わたくしが一番最初に悠誠様とご挨拶をさせていただいているということですので、
俺の返答を受け、ちいさく息を吐いて華詩子さんは二人に向き直りながら笑顔で促した。
目を細めているためはっきりはわからないが、貼り付けられただけの笑顔はまったく温度を感じさせない。
正直、内面を悟らせない落ち着き払った美貌のせいで超怖い。
「ちょっと待ってよー。挨拶の順番は関係なくない? どうしても順番っていうならさ、あたしらが子供の頃に誘拐された順番の方が重要でしょー? 違うー?」
華詩子さんからの提案という名の宣告に対し、梓さんが形の良い顎をツンと逸らせる。
どう見ても正面から受けて立つ気満々の臨戦態勢にしか見えない。
正直、好戦的な受け答えが熟れている陽キャ美少女な見た目のせいで超怖い。
「そもそもお前らの許嫁って話は本当なのか? なあ、ゆうせー。こんな怪しいエセお嬢とどう見てもビッチな女、本当のことを言ってるのか疑わしいぞ?」
一番子供じみた美逢ちゃんが不遜に胸を反らした姿勢で、華詩子さんと梓さんを交互に睨み付けながら片眉を釣り上げる。
白金に輝く長い髪を片手でさらりと捌き、吸い込まれそうな碧眼を怪訝そうに細める。
とにかく現実離れしたハーフ美少女なのだが、小学校高学年くらいの見た目のせいでそこまで怖くはない。
小さな子供が強がって背伸びしているように見えて美逢ちゃんだけがどこか微笑ましい。
「……お話になりませんね」
「はあ……、ほんとそうだねー」
「ふむ。こうなったら……」
三人が揃って肩を落として大きくため息を漏らし、
「悠誠様、どうするつもりですか?」
「悠誠、どうする気なの?」
「ゆうせー、どうするんだ?」
客間に据えられた四角い座卓の、右側に華詩子さん、左側に梓さん、正面に美逢ちゃん。それぞれが口調にまるで比例しない刺すような鋭い視線で俺を見据えてくる。
「ど、どうするもなにも、まず俺は三人にいきなり押し掛けられて、どうしたらいいのか困ってるんだが……」
柳眉を逆立てた三人からの視線にしどろもどろになりながら辛うじて答える。
俺自身が全く身に覚えのない、親父が勝手に決めたらしい許嫁が一堂に会してしまったのだ。
そう、三人の許嫁が会敵してしまったこと以前に、俺は生前の親父から許嫁の話自体を聞いたことがないのだ。
どうすると問われても、どうとも答えようがない。
「お金の心配でしょうか? それでしたらわたくしとの生活にかかる費用は全てうちの方でご用意いたしますのでご安心下さい」
「ははっ、やだやだー、お嬢はすぐに金の話だよー。そんなのこっちが厄介になるんだから、わざわざ言わなくたって当然でしょー? 恩着せがましいったらないわー」
「………………は?」
華詩子さんの纏っている雰囲気が一瞬で変わった。体感温度がぐっと下がった気がした。
「なんだお前ら、美逢とゆうせーの家に押し掛けておいて喧嘩か? 気分悪い連中だな、荷物まとめて出て行け」
美愛ちゃんが座卓に頬杖をついたまま、犬でも追い払う仕草でシッシッと手を振る。
「誰と悠誠の家だってー? お子ちゃまはお呼びじゃないんだけどー?」
「……おい、いま美逢のことをお子ちゃま呼ばわりしたか?」
「他にお子ちゃまがどこにいるってのよー? 難しい顔してどうかしたー? おむつ濡れちゃったのかなー?」
綺麗な眉根を歪ませるほど絞り上げて睨み付ける美逢ちゃんを、ここぞとばかりに顎を逸らして見下しつつ梓さんが煽る。
「鷲見さんの方こそ慎みの欠片もない格好で不躾に上がり込んで、粗野な態度と口調は育ちを表しますね。鼻が曲がりそうですわ」
「…………はぁん? アンタが育ちを語っちゃうのー、お、じょ、う、さ、んー?」
鋭利に研ぎ澄ました視線だけはそのままに華詩子さんが口元にだけ笑みを浮かべる。
ここまで余裕な態度で煽り続けていた梓さんが、明らかに声のトーンを一段落とし含みのある口調でお嬢さんを区切って強調しながら口元を歪める。
「あ、あの――」
もはや手遅れな気がしたが、どうにか一触即発な雰囲気を和ませようと俺が声を発したことが発端となったのだろう、ガタンッと座卓を揺らす振動が響いたと思った瞬間、三人がそれぞれ勢いよく立ち上がる。
と同時に、俺は自分の目を疑ってしまった。
三者三様に伸ばした腕の先で信じられない物騒な物が構えられていた。
華詩子さんは伸ばした右手に、濡れたように輝く細身のナイフを梓さんへと突き付けている。
さらに左手はワンピースのスカートをたくし上げて、白い太腿のガーターリングに仕込んだ次のナイフに添えられている。
ナイフを突き付けられた梓さんは、まるで表情を変えることなくパーカーのファスナーを下ろし、筒状のグリップを取り出してペン回しのように指先で器用に転がしている。特殊警棒というやつだ。
形状に差はあるが親父が刑事だったこともあり目にしたことがある。右手でくるくる回転させて弄びつつ、反対の手はパーカーの中に突っ込まれ、おそらくもう一本いつでも取り出せるように備えているのだろう。
ただ一人、膝立ちの姿勢だったのが美愛ちゃんだ。
二人よりも反応が遅れて立ち上がり損ねたのかと思ったが違っていた。
両腕を身体の前で交差させて構えられた物体が、あまりに現実感を損ねて見せていた。
美愛ちゃんがその小さな両手で構えていたのは拳銃だった。
パッと見ただけで種類がわかるほど詳しくはなかったが、左手に構えているのはいわゆる自動拳銃と呼ばれるものだ。そして右手に構えているのは一回り以上小振りな、可愛らしいおもちゃじみた手のひらで隠せそうなサイズの拳銃だった。
「……鷲見組の梓さん、その特殊警棒が伸びきる頃にはわたくしのナイフが鷲見さんの喉を掻き切りますよ」
「……えぇーっと、メリディアーニファミリーのお子ちゃま、確かー、琴吹美逢っていったっけ? そんなのここで使ったらただ事じゃ済まなくなるよー?」
「……お子ちゃまって言うな。美逢様と呼べ。ほら、箱入り娘。お前のとこの組にも横流しされてるチャカだぞ? 性能はばっちり知ってるだろ? さっさとナイフをしまえ」
波のように押し寄せてくる殺意の波動に圧倒され、にじり寄ってくるようにジンジン痛みを増す頭に顔をしかめてしまう。
――これが、三人の許嫁との馴れ初めだなんて笑い話にもならない。そもそも信じてもらえないだろうし、まったく笑える状況ではないのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます