#8


「じつはな、ゆうせー。美逢みあはゆうせーの――」

「許嫁なんだろ?」

「いいなず――、あ、ああ……、そうだぞ。え? なんだ知ってたのか?」


 先回りされたことに琴吹ことぶき美愛と名乗ったハーフ美少女がまごついて瞬きを繰り返す。

 

「お二人はイイナズケ、つまりフィアンセってやつなのデス。昔、ワタシのボスであるミア様のお父様が、ユウセーのお父様と約束してたんダヨー」

 メイド美女のカーネさんが、取って付けたような片言で説明してくれる。


「許嫁って知ってたってことは、美逢のことはもうだいたい知ってるってことか?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど……」


 正真正銘、目の前のハーフ美少女とは初対面だし事前に聞き及んでなどいない。


「ミア様はイタリアマフィアのボスである父親と、日本人の母親の間に生まれたハーフロリ娘なんダヨー。よかったねフィアンセさん! あ、ちなみにワタシは侍女のカーネ・マッジョーレ。今日はボスに代わって挨拶に来たヨー、よろしくネー」


 聞くまでもなかったがやはりハーフだった。

 そしてメイド姿のカーネさんは琴吹美愛ちゃんの侍女、聞き慣れないが、つまりは身の回りのお世話をする人のようだ。

 そんな人が主人に対してハーフロリ娘なんて言って良いのだろうか。勢いで流されたせいで本人は気が付いていないようだが。


「おいカーネ、お前のことは別にいい。それよりもフィアンセになった経緯をだな――」

「もしかして幼い頃に誘拐されたとか?」

「……ああ、そうだ。なんだ、やっぱり詳しいじゃないか。もしかして美逢のことが気になって事前に父親から聞いていたのか?」

「いや、そういうわけじゃ、ないん、だけど……」


 感心と驚きが半々な表情で瞬きを繰り返しながら、美愛ちゃんが意外そうに訊ねてくる。

 事前に聞いていたといえば聞いていたようなものだ。親父からではないことが甚だ不本意なのだが。


 見た目がとにかく幼い美逢ちゃんにとって、さらに幼い頃というのがどのくらい前なのかはよくわからなかったが、それにしても裏組織の人間はどれだけ誘拐されまくっているのだ。

 いま極道の最新スタンダードはズバリ誘拐! みたいな誰が得するのかわからない流行りでもあったのだろうか。

 

「事前に聞いていたわけじゃないのか? だったら他にはどれくらい知ってるんだ?」

「あー……、もしかしてだけど、誘拐事件を俺の親父が解決した?」

「うむ、その通りだ」

「……そして、大事な娘を救ってくれた恩人の息子の許嫁にする約束をした?」

「なんだ話が早いな。その通りだぞ」

「……さらに、俺の親父も許嫁の件を承諾している?」

「やっぱり聞いてるんだろう!? ゆうせー、お前エスパーなのか? まあ、説明の手間が省けて助かるが……」


 直前に二回も同じ話を聞かされたのだ。底抜けの馬鹿でない限りは想像が付いてしまう。

 それにしても親父、いくらなんでも安請け合いしすぎだろう?

 約束した当時はまだ先のことだと高を括っていたにしろ、息子の将来に関わるかなり重要な話だろうに。


「フィアンセさんのお父様が亡くなられたこと、ワタシのボスも悲しんでたヨー。駆け付けられなくてゴメンって伝えるよう言われてるヨー」


 だから駆け付けられても参列は出来なかったはずだ。警察葬の真っ最中にマフィアのボスが現れようものならとんでもない騒ぎになったに違いない。


「でもでも、ボスは約束を守る男ネー! ミア様とのケッコンは高校を卒業してからだけど、ひとまずフィアンセさんの通っている学校にミア様を転校させるヨ。ケッコンまでに二人でちちくり合って仲良くなったらいいヨー」


 カーネさんの説明にももはや驚きなんてなかった。

 しかし、ここまでは予想の範疇を先回りして口にしていただけで、驚きはなくとも当然ながら初耳だった。

 それよりも、

「……え、転校? 俺の学校に?」

「ああ、そうだぞ。なにか問題でもあるのか?」

「いやだって、小がくんぶっ――!?」

 側にいたカーネさんの手のひらが瞬時に俺の口を塞いできた。

 ほとんどビンタの勢いで乾いた音が玄関先に響き渡る。


「……お二人は同級生デス。いま言いかけた単語は口にしてはいけないデス」

 俺にだけ届く声量で囁かれ、言葉以上に言わんとしていることがカーネさんの眼力で伝わってきた。


 ここに来て今日一番かもしれない驚きだったが、美逢ちゃんはまさかまさかの俺と同い年だった。

 どう見ても小学四年生、すごく頑張って背伸びして中学生が関の山な見た目なのに。

 そしてなにより美逢ちゃん本人がそのことを猛烈に気にしているのだろう。典型的といっては失礼だが、気にしてしまう気持ちもわからなくはない。

 ハーフ美少女な見た目を差し置いても高校生にはとても見えない。


「うん? どうしたいきなり?」

「オー、……毒虫が飛んでたヨ! フィアンセさん危機一髪だったネー!」

 辛うじて気が付いていない美逢ちゃんに、カーネさんが苦しすぎる言い訳をし、口を塞がれたまま俺も頷いて肯定する。


「そうか、危なかったな。よくやったぞカーネ」

「いえいえミア様。ワタシ、害虫の駆除は得意ですカラー。それにしてもフィアンセさん、こんな状況でも取り乱したりせず落ち着いてて度胸アルネ! こっそりワタシがつまみ食いしたくなるくらい男前だネー」

 塞いでいた俺の口から頬を撫でるように指先を滑らせて、艶っぽい視線を寄越してくる。


 もちろん冗談のつもりだろう。

 なぜならその視線は、言葉ほどの色気など微塵も浮かべておらず、こちらの真意を推し量ろうと試している冷徹さを感じさせた。


「おいカーネ! 美逢のフィアンセに手を出すな!」

「冗談ジョーダンだヨー。主人の獲物を横取りしたりしないヨー?」


 飼い犬を躾けるようにビシッと指先を突き付けて怒る美逢ちゃんを、カーネさんはちっとも反省しているように見えない笑顔で受け流す。


 うっかり聞き逃してしまいそうだったが、獲物呼ばわりされていることが現状を絶妙に言い表していて辛かった。


「まったく油断も隙もない……。しかしまあ威圧的な感じもしないし……、ちょっと、安心したぞ」


 愛らしい顔を歪めて半眼で睨み付けながら、カーネさんから俺に視線を移してきた美逢ちゃんはどこかホッとしたような表情を浮かべて見せた。不遜な物言いは強がっているだけなのだろうか。


 異質すぎる二人の出で立ちにうっかり流されてしまいそうだったが、それにしても一日に三度も同じ話を聞かされるとは思わなかった。

 これも三度目だが、当然ながら親父が生きている間に、許嫁の話など一度たりとも聞いたことはない。

 しかも三度目はイタリアマフィアとは一気にグローバルになってしまった。


 とはいえ、さすがにいくら俺でもそろそろ疑いたくなってくる。

 じつは人間観察系バラエティ番組のドッキリ企画でした! と次の瞬間にでも陳腐な効果音と共にネタばらしが始まるのではないか。

 懐疑的な眼差しをハーフ美少女とメイド姿の美女に向けてみるものの、俺のようなただの一般人に施すドッキリとしてはあまりに手が込みすぎている。


 疑念はまったく拭えないのだが、事の真相を問い質そうにも発端であるはずの親父はもうこの世にいない。


「ではでは、明日改めて荷物まとめて来るカラネー」

「じゃあ、ゆうせー。よろしく頼むぞっ!」


 気を取り直したように腕組みし直し、ふんぞり返って一方的にそれだけ言い残すと、ドレスの裾を翻してハーフ美少女とメイド姿の美女は悠々と徒歩で帰って行った。


 コスプレイベントの帰りのような違和感しかなかったが、あの格好でここまでやって来たのだろうか。

 さすがに表通りまで出たらタクシーでも拾うのだろう、本当にマフィアの関係者だとしたらいくらなんでも目立ちすぎだ。


 二人の後ろ姿が遠くなるのを見送りながら、取って代わるように湧き上がってくる違和感を自覚する。


 違和感というより、ごく自然な疑いだ。

 普通に考えて、許嫁が三人同時に現れるなんてことがあるだろうか。

 そもそも今どき許嫁というだけでも珍しいはずだ。どこかの貴族や戦前ならいざ知らず、現代においてはむしろ死語に近いとさえ思える。


 三組とも共通して親父の殉職を知っていたので、一番に疑ったのは死亡退職金を狙って近付いてきている線だ。

 しかし、仮にそうだとしたらずいぶんと気の長い作戦だ。

 金が目当てであればヤクザやマフィアという職業柄、極めて単純に乱暴な手段を取りそうな気がする。

 たったいまの美逢ちゃんとカーネさんだって、玄関で待ってないで留守なのだから入り込めば良かったはずだ。

 ただ、いわゆる裏家業の実情など何一つとして知りはしないのだから、どんな予想であろうと想像の範疇を出ない。


 いくら考えたところで何一つとして真相の手掛かりも見つからず、かつてないほどの慎重さで玄関を開け家中の電気を点け安全を確認した。


 こんな時ばかりは一人暮らしであることが心底悔やまれたが、魚住うおずみさんに連絡して泣き付くのも憚られた。

 具体的な被害があるわけではないし、心のどこかでまだタチの悪い冗談だったり、そもそもこれは夢なのではとさえ思っていた。


 わかりやすい現実逃避というやつなのだろう。

 そうでもしないと落ち着いていられなかった。

 まさか四人目の許嫁が現れたりしないだろうかと戦々恐々としながら、布団を頭から被って震えながら眠りについた。



 

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