#7


 許嫁が二人になってしまった。

 なにを言っているのかわからないだろうが、他の誰より俺が一番わけがわからない。


 あまりの一方的すぎる事態に呆然としながら、すっかり暗くなってしまった夜道を這々の体で自宅に帰り着き、念のため恐る恐る後ろを振り返ってみる。


 先ほどのようにいきなり背後から声をかけられて、為す術もなく後ろ手に拘束されては堪らないからだ。


 うちの前には外灯がなく、暗い玄関前でひとしきり挙動不審にしか見えない警戒の仕草を繰り返し、不審な人物の姿がないことを確認してほっと息を吐く。


 これでは不審人物は自分だな、と自嘲しながら玄関を開けようとしたところ、

「ハーイ、動かないデネー。声も出さないデネー」

「――ぐえっ」

 裏庭に続く玄関脇からいきなり黒い影が覆い被さってきて、声を出すよりも早く玄関先で組み伏せられてしまった。


 ああ、うちの玄関先の土の匂いってこんなに湿っぽいんだな。などと、抑え付けられた背中の痛みに顔をしかめながらぼんやり思った。

 組み伏せられながら余裕ぶっているわけではなく、ただひたすらに諦めの境地に達しようとしていた。


 なんだろう、どういうわけだか、これから起こることがなんとなく予想出来てしまって悲しくなる。


「手荒なマネはしたくナイヨー、チョトだけ我慢ネー」


 もうすでにわりと手荒な真似をしてくれているのだが、先ほどまでと違い俺を組み伏せてきた相手の声は女性のものだった。しかも口にする日本語が明らかに片言だ。


 抑え込まれたまま辛うじて首だけを動かし視界の端に映り込んだのは、どういうわけかメイド服姿だった。

 力ずくで俺を組み伏せているとは思えない、にこやかな笑顔を浮かべている。


 しかもどこか不自然な片言に聞こえたとおり、その容姿は日本人ではなかった。

 わずかに届く近隣の明かりに照らされたその髪は、ダークブロンドと呼ばれるやや暗い金髪だった。

 緩やかにウェーブした長いブロンドヘアにすらりと筋の通った高い鼻、詳しくはわからないが北欧系と思われる相当な美女がクラシカルなメイド服を着ているのだ。

 本来、西洋の家事使用人が着用していたものなのでむしろ違和感はないはずなのだが、今現在の日本ではどうしてもコスプレ感が否めない。

 年の頃は二十歳前後だろうか、身に付けているメイド服の異質さが際立ってしまいよくわからなかった。


「カーネ、もっと手加減しろ。怪我させてないだろうな?」

 辛うじて首を捻ってメイド美女を見上げていると、やけに甲高く子供っぽい声が聞こえてきた。

 

「チャンと生きてるヨー。ヘーキヘーキ」

 カーネと呼ばれたメイド服美女がじつに軽い調子で歌うように返事をする。


 生きてるかどうかでいえば確かに生きてはいるのだが、身動ぎも出来ないほど完璧に組み伏せられていてまったく平気ではない。


 それでもなんとか首を捻って声の方に視線を向けると、今度はドレス姿の小さな女の子が玄関前で腕組みして腰を下ろしている姿が飛び込んできた。


「大きい声出さないデネー、オッケー?」

「……お、オッケー」


 甘い吐息と共に届けられた声に耳をくすぐられる。

 ちいさく頷いて返事をすると、特に疑うようなことも念押しされるようなこともなくあっさりと解放された。


 身体を起こして視線を上げると、俺を組み伏せていたメイド美女よりはほんのわずかに日本人よりな顔立ちの少女が、腕組みした胸を反らせ勝ち気な笑顔を浮かべて俺をまじまじと見つめていた。


「みながわ、ゆうせー、だな?」


 身に纏ったドレスのせいで高級なアンティークドールのような見た目の少女が、どこか不遜な物言いで訊ねてきた。

 俺は圧倒されたまま黙って顎を引く。


 二度あることは三度あるという。

 そしてどうやら確かに三度目がやって来たわけだが、慣れるどころか想定外に強烈なインパクトのせいで言葉を失ってしまった。


 なにやら高圧的な態度の少女は見るからに幼く、小学三、四年生くらいだろうか。

 特に目を引くのが、その白金色の透けるような白に近い綺麗な金髪だ。

 プラチナブロンドというのだろう、暗がりの中でもそれ自体が輝きを放っているように見えた。

 そしてくっきりと大きな目は引き込まれそうに深い色合いの碧眼。

 幼さの抜けきらない丸い顔立ちなのに、不遜な物言いと見下ろす視線は無邪気を通り越して挑発的でさえあった。


「ミアは――、ああ、えっと、わたしは琴吹ことぶき美愛みあだ。ゆうせーとこうして直接会うのは初めてになるな」

「琴吹、美逢……」


 前の二回は、絵に描いたようなヤクザの組長と映画に出て来そうな極道の妻だったこともあり、三度目のあまりの落差で露骨に面食らってしまった。


 ファンタジー世界の妖精みたいに神秘的な雰囲気を湛えている少女が、どこか日本人よりな顔立ちの理由がわかった。

 その名前からどうやらハーフなのだろう。


 しかし驚き戸惑いはしたものの、その口ぶりからすでに嫌な予感はしていた。

 さすがに三度目なのだ。口ぶりというよりも自宅前でいきなり組み伏せられた時点で予感、いやもう直感が働いていた。




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