#6
要約すると、中程のシートに足を組んで座っている美少女は娘の
……どこかで聞いた気がする。
その時にヤクザという職業柄ゆえに警察関係者でさえもまともに取り合ってくれなかった中、俺の親父ただ一人が親身になって応じてくれたという。
結果的に親父のおかげで梓さんは無事に助け出され、最愛の娘を取り戻せた当時の
……どこかで、いやつい先ほど聞いた気がする。
「鷲見組の組長、まあつまりウチの旦那は一昨年、持病を悪化させて亡くなったんよ。旦那の意志を継いでいまはウチが組を取り仕切っとるんじゃけどね。その旦那が、
極妻さんの口ぶりから、ひしひしと嫌な予感がしていた。
いや、口ぶりや話の内容以前に、ジャケットの男に腕を極められ指示されるがまま車に乗せられた時点から、ある程度の予感はしていたのだ。
「受けた恩に報いるんはウチら家業じゃ飯を差し置いてもやるべきことじゃけえね。今日来たんはその恩を返すためなんよ。悠誠くん。ウチの娘の梓を、アンタにやる」
「――は?」
「二人は許嫁なんよ。悠誠くんのお父さんとウチの旦那がそう取り決めとったんよ」
極妻さんの旦那である生前の組長さんが俺の親父と交わした約束、最愛の娘を救ってくれた恩人の息子の許嫁にする。
それが自分の恩義と仁義の形だと。そう懇願し、俺の親父からも承諾されているというのだ。
何から何まで、つい先ほど聞かされた話と瓜二つだ。
「籍を入れるんは高校を卒業してからでええよね。悠誠くんが通っている学校に梓も転校させるけえ、学生の間は学生らしく二人で青春を謳歌したらええよ」
まるで自分の青春時代を懐かしむようにほがらかに語る極妻さんだったが、言うまでもなく俺にとっては初耳だった。猛烈に似た話は耳にしていたが。
つい先ほどもそうだったが、親父が生きている間にそんな話は一度たりとも聞いたことはない。
許嫁という単語さえ親父の口から聞いた記憶はない。
そのうえ、許嫁がいるだなんて話を聞かされるのが、何の冗談なのか今日二度目なのだ。
冗談にしてもさすがにタチが悪すぎる気がするのだが、残念ながら事の真相を問い質そうにも肝心の親父はもうこの世にいない。
「あの、それって……」
そんな親同士の勝手な取り決めに、当の梓さんは黙って従うつもりなのだろうかと視線を移す。むしろ祈る気持ちの方が大きかった。
俺の視線を受けた梓さんは数回大きな瞳を瞬かせ、剥き出しの白い太腿をゆっくりと組み直していたずらっぽい笑顔を返してきた。
その反応をどう解釈するのが正解なのか、まんざらでもない様子に見えてしまうのは見間違いではなさそうだった。
「悠誠くんのお父さんは、残念じゃったよねぇ……。旦那が亡くなって組の立て直しでばたついとらんかったら駆け付けたかったんよ。じゃけどね、晴れて梓と一緒になって恩返しに繋がれば、あの人もきっと浮かばれるに違いないけえね」
口にしている恩返し理論はやはり無茶苦茶なのだが、ついさっきも似たようなことを聞かされていたせいで、そうなのかもしれない気がしてくる。
不思議なことに梓さんも疑問を抱いている様子など微塵もない。
「それでなんじゃけど、梓は明日から、悠誠くんの家で生活させることにしたけえね」
「――はあっ!?」
「転校させたらウチの組からじゃと距離があるんよ。悠誠くんの家から通えば、梓との仲もすぐに縮まって一石二鳥じゃろ? こっちの準備は整っとるけえね」
そんな突然宣言されても、生活するに当たっての俺の方の準備がまるで整っていない。
俺の家でいきなり生活するとか、家主であるはずの俺の許可とか承諾についてはどう解釈されているのだろうか。
「俺の家に、ですか……?」
「この子はこんなひゃらひゃらした見た目じゃけど、家事全般は一通りウチが叩き込んどるけえね。なんも心配せんで任せてくれてええよ」
ええよ、と断言されても全然良くない。それに俺の心配は家事うんぬんに関わる部分ではないのだ。
「もー、母さん、興奮すると訛りまくるんだからー。ちょっとは落ち着きなよー」
「じゃけどね梓、いきなりこがぁな話を聞かされたのに悠誠くんの動じとらん面構えを見てみんさい。あの人の若い頃を思い出すわ……」
そんなに動じていないように見えただろうか。
まあ同じ話をつい先ほど聞かされていたせいだろう。
それよりも、この話がいきなり過ぎる自覚があるらしいことに驚いてしまう。
「うん、確かにねー。もっと慌てたりするかと思ってたけど、意外と頼りがいあるタイプなのかなー……?」
俺だけを置き去りにして軽い調子で母娘が会話する姿を前にしてじんわりと頭が痛くなってくる。
そんな俺の様子など気に留めることもなく、頼りがいのあるタイプなどと完全な誤解を抱いた梓さんは、
「よろしくね、悠誠っ」
キャップのバイザーを持ち上げてずっと隠れ気味だった、明るい陽射しのように健康的な笑顔を寄越してきた。
やや照れ気味に頬を染めつつ浮かべている笑顔からは、まるで笑えない冗談を言っているわけでも無理強いされているわけでもなさそうだった。
「じゃあまた明日、悠誠くんの家に直接向かわせるけえね。仲良くするんよ」
着物の袖を揺らして俺の肩をポンポンと撫で、うんうんと何事か納得したように頷いた極妻さんと梓さんを乗せたワゴン車は走り去って行った。
軽快な速度で通りを走り去っていくワゴン車を、俺は愕然としながら見送ることしか出来なかった。
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