#4
俺の隣に座っているワンピース姿の美少女は、娘の
ぺこりと改めてお辞儀をして見せる華詩子さんは、組長さんとは全く似ていなかった。
母親似なのだろう、本当に似なくて良かったな。それが頭に過った素直すぎる第一印象だったが、もちろん口に出すのは控えておいた。
「この子がずっと幼い頃なんだが誘拐される事件が起こった。その時に君のお父さんだけが事件解決に奔走してくれ、華詩子を無事に救い出してくれたのだ」
誘拐事件が起こったにもかかわらず、ヤクザという職業柄ゆえに警察関係者はまともに取り合おうとさえしなかったらしい。
そんな中、俺の親父ただ一人が親身になって応じてくれたというのだ。
結果的に大規模な捜査が行われ、親父のおかげで最愛の娘を取り戻せた組長は膝を付いて感謝したのだそうだ。
お世話になったという言い回しは、どうやら言葉のままの意味だったようで安心した。
しかし、その後に続いた言葉に、俺は再び眉をひそめることとなった。
「恩に報いるのは道を極めし者の務めだ。その恩を返す時が来たのだよ。
「――は?」
「二人は許嫁というやつだ。その昔、君のお父さんとそう取り決めた」
親父に対して並々ならぬ恩を感じた組長さんは、親父と約束を交わしたという。
「君のお父さんは、目に入れても痛くない愛娘の命の恩人だ。表向きには儂らの業界とは対極に位置する警察の中で唯一、信頼の置ける人物だった。その息子である悠誠くん、君に華詩子を嫁がせることで恩返しとなるんだよ。もちろん君のお父さんと話し合った結果だ、双方できちんと承諾されている」
当然ながら何もかもがまったくの初耳だった。
親父が生きている間に、俺に許嫁がいるだなんて話は一度も聞いたことはない。
双方で承諾済みと言っているが、俺自身の承諾が度外視されているのはなぜなのだろうか。
疑問が疑問を呼び続けるのだが、真相を問い質そうにも親父はもうこの世にいない。
「籍は高校卒業と同時に入れれば良い。悠誠くんが通っている学校に華詩子を転校させる手筈も整っている」
「え、ちょ、いや、でも……」
そんな親同士の勝手な取り決めに、華詩子さんはどう思っているのだろうか。今この場で初めて会った俺と結婚させられることに黙って従ったりするのだろうか。
縋るような思いで隣を見遣ると、依然としてシートに姿勢良く座ったままの華詩子さんはわずかに頬を朱に染めて俺から視線を逃がして見せた。
その反応はどう解釈すれば良いのだろうか、まさかまんざらでもない様子と受け止めて良いのだろうか。
「……君のお父さんの訃報は残念なことだった。葬儀に駆け付けられずすまなかった。しかし、こうして華詩子と一緒になることできっと天国のお父さんも安心してくれるはずだ。間違いない」
親父の葬儀は警察葬だったので、言うまでもなくヤクザは駆け付けられなかったのだろう。
それにしたって言っている理論は無茶苦茶なのだが、断言口調で言い切られるせいでそうなのかもしれない気さえしてしまう。
しかも華詩子さんに至ってはまるっきり受け入れている様子なのだ。
「そういったわけで、華詩子は明日から、君と一緒に生活させることにする」
「――はっ!?」
「転校させることでうちの屋敷からは少し遠くなってしまってね。しかも二人は同い年の高校二年生だ。一番楽しい時期だろう、そんな時期だからこそ片時も離れず君の家から通わせる方が好都合だ。なに、心配せずとも手筈はすでに整っている」
同い年の何がちょうど良いのだ。
それに何の手筈が整っているというのだ。肝心の俺の承諾が後回しになっているうえに、断られることなど想定してさえいない調子だ。
「お、俺の家って……、俺は一人暮らしなので、二人っきりになるのですが……?」
「うむ、君が一人暮らしなのは了解している。女手があった方が何かと助かることもあるだろうし、華詩子の花嫁修業だと思ってくれればいい。なにしろ二人は許嫁だ、遠慮することはない」
こちらの危惧を汲み取ったかのように断言してくるのだが、まったく遠慮などしていない。同い年の女の子と一つ屋根の下で生活することに危惧を抱いているのだ
女手という言い回しも相当に時代錯誤に聞こえてしまうが、大事な愛娘をそんな同棲じみた状況に置こうとするあたり、錯誤してるのは時代ではなく思考の方らしい。
「それにしても、この状況でたいして狼狽えもせず話が出来るとはなかなかに肝の据わった男だ。ちゃらついた並の小僧だったら震え上がって小さくなってもおかしくない。華詩子、悠誠くんはいまからまだまだ漢を上げる素質があるぞ」
「もう、お父様はすぐにそんな言い方をされて……」
「許嫁とはいえ、あまりに柔弱なようでは不安が付きまとうからな」
たいして狼狽えずに済んでいるのは、圧倒的に驚きの方が大きすぎて感情が追い付いてこないからだ。むしろ弱々しく縮こまっていた方が得策だったのだろうか。
もちろんいまさらそんな態度を装うことなど出来るはずもなく、ほとんど絶望的な気持ちで隣の華詩子さんに改めて視線を移すと、
「よろしくお願いします、悠誠様」
ほんのわずかに首を傾げて、ふわりと蕾を綻ばせるようにはにかむ。
その、やや照れた仕草は冗談を言っているわけでもなければ、何か強い力が働いて強制的に言わされている様子も見受けられなかった。
本当にそれで良いのか?
今日初めて会った同い年の男の家で同棲を始めるのだぞ?
俺が知らないだけで許嫁という肩書きさえあれば、ちょっとコンビニにジュース買いに行くくらいの感覚で一緒に生活を始めたりするものなのだろうか。
「では明日、改めて悠誠くんの家に向かわせよう。よろしく頼むよ」
熊のような大きな手で俺の肩をどっかり叩いて、がははっと豪快に笑って見せ、組長と華詩子さんを乗せた高級リムジンは走り去って行った。
たいして広くもない通りを走り去っていくリムジンを、俺は途方に暮れながら見送ることしか出来なかった。
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