第28話 太陽を食べたがる8つの物語の大人達⑬

 ⑦過去に向わせようとする


 麻美さんは、他者と関わることが不得意だと感じていた。


「何処にも行くな。ここに居ろよっ、言葉にしなくてもそう言ってしまっているんです」


「誰かにそう言い続けている自分が居る……、そう思われるわけですね?」


 NANAがそう聞くと、前に座っている麻美さんが急ぐように頷いた。


「結果的に、そういうことになってる、っていうことなのですけれど。私はずっと一緒に居る相手への条件に、それがあったのではないかなって思ったんです。だから結局は相手は友達であれ恋人であれ、離れていくということになる……」


「最初っから大きな気付きを得ていらっしゃるのですね、もう」


「いえ、そんなんじゃないと思います。ただ、事実としてやっぱりそうだなって。だからこそ、私は今現在もどこか寂しいんです。欲しいものが手に入らないまま、で」


「では、諦めるべきだろう……という感じですか? 今のお気持ちは」


「ええ、そうです、それが近いのです。気付いたから自分が変わろうっていうのでは無くって、残念な、ひたすら残念な気持ちでいる、といいますか……」


 NANAは少し前に話を戻した。


「たとえば『何処にも行くな。ここに居ろ』というのは、麻美さんの日常の中でのどのような風景で、でしょうか?」


 NANAは麻美さんの日常の中でのどのような風景での話なのかを尋ねた。


「私は……私の話を聞いて欲しいんだと思います。あっ、風景ですね、先走ってしまいました。えっと……日常の中の風景は……」


「大丈夫です。ご自身のことを見ているということですから、ゆっくり思い出しながらお話してください」


 すでに聞いていないのか、目の前のお茶出しをしているKのことをじっと見ている麻美さんが居た。そんな彼女をNANAは黙って見ている。

 Kがテーブルにお茶を置き「緑茶です」というと、麻美さんはKの顔を覗き込むようにしている。Kが気が付いて顔を上げると、麻美さんはグッと力を入れたかのようにKの目を見つめていた。


「はい?」


 Kはそうは言わなかったが、そう聞こえた気がした。NANAは笑った。くすくすと笑うNANAに気が付いた麻美さんは、Kから目を離してNANAの方を見た。そして先ほどの話の続きを話し始める。

 つい今ここで起きていた出来事には気が付いていないか、何ごとも無かったように通り過ぎているようだ。いつものこと、なのだろう。どうも彼女は、無自覚に他者の顔や目を見続けてなんらかの自分に対しての反応を待ってしまうようなのだ。


 そんな麻美さんが話し始める。


「自分から離れていくように見える時があります。友人も恋人も、知人も。私と一緒に居続けてはくれないというか、一緒に居ることに価値を置いている人が居ないっていうことが多いんです。だから私は一人になって、一人で居るっていうか、誰かと一緒に居たってそういうことが起きているっていうか、ですね」


「はい。一人っていうことを感じてしまうと?」


「そうです。どうして他所に行こうとするんでしょうか?」


「はい?」


「誰もが私とは関係の無いどこかに向っていこうとしているように見えるんです。私はそんなところには行きたくなんかない。そっちじゃない。私と一緒に居るだけじゃダメなの?って思ってしまうんですよ」


「その人のことが好きで?」


 ふうっ、と麻美さんはため息をひとつ、不満を吐き出すようだった。


「そこが、問題なんです……」


「問題?」


「私……『何処にも行くな、私の側に居ろ。未来を見れないね、私たち。 そっちに行ってはダメ。これが地獄なら地獄でいいじゃない。一緒に居るって寂しくないよ』って、本当にそう言ったことがある人間なんです……」


 それは思い切った告白のようだった。


「それに、一緒に居るだけじゃダメなの?って思ってしまうのは、誰に対しても、なんです。私、おかしいですよね?」


「ほう、誰にでも、なのですか……」


「ええ。気が付いてしまったので。そうなんです、って言うしかないんです。話し掛けられると、その人が自分のことを好きなんじゃないだろうか?って思ってしまうんです。自分と一緒に居たがっているのではないかなって……」


「話し掛けられただけで、ですか?」


「極端な話、そうです。そう思っていて、それがまだ私に言えなくて、でももっと一緒に居たいって思ってるのではないかと思って、嬉しくなってしまうんですね。それで……でも、これって妄想なわけじゃ無いですか……」


「それで?」


「たぶん嬉しそうに返事をしたり、ぱあって舞い上がって話したりするんですが、その後が無い。先ほどの話が終わったら、もうその人との後の関わりが無い。なんだ用事だけだったのか、ひどいなぁってなるんです。数少ない友達とか恋人だった人にもそうだったなって思い出します。話かけられると喜んじゃうんですが、段々疎遠になっていったり、お前と居てもつまんないって、恋人だと思っていた人に言われたこともあります」


「いつも自分の方を向いていて欲しいってことですね」


「そうです。そういう自分にやっと気が付いたんです。でも、変わらない私が居て、今でも話し掛けられると期待してしまうんです。すぐ落胆するんですけどね」


「相手への興味っていうのは無いんですか?」


「私に興味の無さそうな人には、そもそも興味無いみたいです。でもいつも一緒に居るようになった友達とか恋人とかだと、一応の興味はあるとは思うんですが。それでも私の知らないところに一人で行くとか誰かと行くとか、何か試験とか頑張って資格を取得するからって勉強し始めちゃったりとかすると、腹が立ってくるんですよね」


「ほぉ、なかなかな感じを発揮しますね」


「私と一緒に居たくないからそういうことするのかって、思ってしまって、どんどん腹が立つんです。それで、嫌がられたり呆れられたりして、ジ・エンド」


「留めておきたいのですね、自分のところに」


「そうですね。私と一緒に居るだけでいいじゃん、ってそこに価値を持てばいいじゃ無いかって、思ってしまっているんです。相手を自由にさせないっていうか、私以外をその人が見るのがイヤだっていうか、資格試験さえ邪魔しますからね、私は」


「邪魔ですか?」


 正直に話していると思われる彼女は、むしろ元気になっているように見えた。自慢気だ、ともとれるような表情であった。

 

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