第29話 太陽を食べたがる8つの物語の大人達⑭
麻美さんは続ける。
「勉強しなくちゃいけないのわかってて、余裕っていうわけじゃ無いから一生懸命に集中しなくちゃいけないんだろうなって思いながら、わざと遊びに行くことを提案したり、好きであろうライブやイベントを見つけて限定だから行こうって言い出したりして、私と一緒にいることの方を選ばせよう選ばせようとするんです」
「なるほど」
「で、結局遊んじゃって、勉強しなかったっていう日が増えていくと、イライラし始めるんです。自分が乗っかってしまったのも良くないけれど、もう誘わないでくれって言われたり。どうして邪魔するんだよってキレられたり」
「相手の方の選択と行動に責任があるっていうやり方なわけですね」
「そうです。遊んじゃったね、でも楽しかったね、一緒に居て嬉しいって言いながら二人でベッドに潜り込んで……っていうことも何度か繰り返して……やがて怒り出すんです。もうやめてくれって」
「ハッキリ言われるまでやるんですね?」
「そうですね、そうでした。邪魔しないでくれってハッキリ言われて、もう言うこと聞いてくれないみたいになってしまって、それで終わっていくということがありました。離れていってしまうんです」
「未来に向っていくとか、資格取得して目標達成へとか、そういうのは麻美さんにとっては遠いお話なんですね、きっと」
「えっ、そうです。はい。遠いですね。そんなことより一緒に居よう、一緒に食事して話をしようよって思っちゃうんですね。でも、気が付いたのは、自分のことばかり喋ってるんですよ私。楽しいとか嬉しいのは相手がそう感じているっていうことを求めていて、私と居て嬉しいって言えよって常に要求しているんですよね」
「やっぱり大きな気付きですね」
「今では周囲に近しい人は存在していません。期待しながらそれ以上にならない毎日の中に居て、自分のこれまでやって来たことを思い出しています」
麻美さんはここでふうっとため息をついた。
「友達もそうでした。社会の中で仕事して、どんどん変わっていく友達を見て、服もメイクも似合わないって思ったし、それを態度にも出していたと思います。私の知らない世界に出て行くんだって、私を置いて離れていくんだっていうのを感じて、その場でも怒っていました。それで、わざと昔の話を持ち出して、そればかり私は言うんですけど、威力発揮とはならず。その後も私の元へ帰っては来ませんでした。」
「何といいますか、捨てられてしまったような、そんな気持ちになったりされるんですか?」
「捨てられたんですよ。私がつまらないから。面白く無いから、です」
「そっ、それは、違う、かな……って思いますね」
「えっ?」
「麻美さんを否定して、捨てていった人たちでは無いと思います。手に入れたい未来があった人たちが、同じ未来を見ることへとは向わないんだねっていう結論を出されたのかもしれません。未来へと向って行きたかった、だけなのではないでしょうか?」
「私が嫌われて、じゃないんですか?」
「ええ」
「嫌われて、捨てられて、じゃないんですか?」
「ええ、はい。違うと思われます」
「ええっつ」
「麻美さんのことが好きとか嫌いとかっていう話ではないんですよ、きっと」
「そんなっ。どういうこと、ですか?」
「実際どうするかはこれからの麻美さん次第ではあるのですが、勘違いしてしまっていた部分については解決可能ですよ、今日」
NANAの表情は明るかった。そして言いかけたことを続けた。麻美さんの顔は逆に曇っていた。
「解決可能です。自分の未来を作っていこうとしただけなんですよ。麻美さんから離れたいからそうしたというわけでは無くて、欲しい未来を作っていくことに集中したかったということなんです。無自覚に自分から離れていくことが怖くて、許せなくてあの手この手で引き止めようとしていたのだと思われますが、そもそもどの方も自分の未来を手に入れるために必要なことに向いたかったのであって、麻美さんから離れるとか離れないとか、好きだとか嫌いだとかというところに原因も理由も無かった話なんです。出来ることなら、一緒にその未来の風景を麻美さんと一緒に見たいと思っていたのかもしれません。これまでとは違った風景を一緒に見ようとしていたのかもしれません。確証はありませんが……」
「……私と、一緒に? ……ですか?」
「はい。麻美さんを嫌って、離れるためにしたことではありません。それは確かだと思われます。手に入れた新しい環境や風景を一緒に味わったり、楽しんだりすることを想定していたかもしれないですよ。だけど、そうはいかなかった……という」
「私が、私のこと嫌いになったから、興味が無くなったから、私から離れていこうとしてるんだって、そう思って……」
「ええ、勘違いといいますか、思い込みといいますか……わざとのようにそうさせてしまったというか……」
「そんな……」
「どの人も、そうだったんじゃないかなって。麻美さんのことが嫌いになったわけじゃなくて、一緒に居られなくなったと感じてしまった。同じ方向を見ていないから、同じものを見て同じような価値を感じていないことがわかってしまったから、自分の未来を作っていく方を選ぶと結果的に離ればなれになってしまう。寂しいのはその方々も同じだったかもしれません。残念だったり寂しかったり。わかってくれないって思ったこともあったかもしれません。でも、麻美さんは麻美さんの大切なものが重要だった。自分のことだけを見ていて欲しいっていう思いでいっぱいだった。でもそれはその人たちにとっては難しかった。一緒に同じ明日が夢見れたなら、それは嬉しいことだったのかもしれません。決して、麻美さんは嫌われて等いなかったのだと思います」
「そ、んな……」
「むしろ大好きな人だったかもしれません。だからこそ同じ未来を夢見れないことにガッカリしたかもしれないし、ショックだったかもしれません。でも麻美さんはどうしても未来の方じゃ無く過去の方へと向いたかった。それによって失うものがあるという経験をむしろ招いていたのかもしれません……これはあくまでもひとつの可能性ですが……でも無いとも言えないんです」
「た、確かめようがありませんものね……もう、いないんだから……」
「でも、おそらくは……嫌われてなどいないのだと、思います……」
麻美さんの目には今にもこぼれ落ちそうな涙があった。一生懸命に目を見開いて、口を結んで、そうして天井を見上げていた。
がんじがらめになってしまった過去がゆっくりと解けていく、そのきっかけは思わぬ時にやって来るものなのかもしれない。
「月」はすでに手の中にある過去。
「太陽」は自ら起こしていく未来を意味している。
過去が解かれて明日を見ようとし始めているのをNANAは見ていた。
キーワード 月
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