第26話 太陽を食べたがる8つの物語の大人達⑫

 ジェイ氏は嬉しそうだった。それは初めての感覚との出会いのようだった。


「自分はね、外に探してましたよ。大きな存在をね。で、なんていうか、どこか勝負してやろうなんていう野心があったわけなんだよね。自分の方が勝つっていう前提なものだからタチが悪い」


「自分でおっしゃいますか!」


「ええ、言いますよ。本当のことなんだからね。自分は自分のなぜだかわからないけれど見えてしまうわかってしまうという能力に酔っ払っていました。その能力だと思っていたものがどこから来ているのかもわからないまま、自分だから、自分は他とは違って何か特別な力を持っていい、許された存在なのではないだろうかってね」


「はい。いい感じですね」


「でしょ? 実際お見通しでおかげで病が早くに発見できたとか、助かった、痛みが無くなったなんていう人が次から次へと出てくるわけですよ。自分は特別なんだなぁって思っちゃいましたね。それで、似たような存在は他にいるんだろうかって知りたくなって……」


「それで世界へと行かれるようになったのですね?」


「そう。ちょっと名のあるサイキック的な存在たちに会っては試していった。ズバリ当てていった。相手は驚いて自分のことを凄いって言い出すという体験をしました。けどね、それって、日本でやってたことを世界でやってきたって言って宣伝して、世界が認めたみたいな宣伝で、また日本で多くの人がやってくるっていう仕組みでもあるわけですよ。軽薄だね、本当に」


「イヤになっちゃったわけですか?」


「自分のことを簡単に尊敬したり、憧れたり、特別な存在で本物だ、なんて思う人達って、一体何を見ているんだろうって、考えたんです。海外の多くの何か特別な力を持ってるっていう人たちもね、簡単に自分のことをわかってくれたっていう感じで、簡単に言うと、喜んじゃってるんですよ。そういうのたくさん見てるうちに、なんかこれ違うよなぁって思っちゃった。ガッカリしたっていうかね。そんなんで良いのかよ、自分みたいな青二才で満足して良いのかよ、違うだろって、なんか腹が立っちゃった自分がいたわけ」


「なるほど、ですね。あははっ、ジェイさん、面白いです」


「NANAさんくらいだよ、面白がってくれるのは!」


「そ……う、ですか?」


「皆もね、自分の外側に自分よりも凄い人っていう存在を求めているんだなって思ったんです。時にわざわざ自分みたいに世界にまで旅しに行ってまで探して、居ないとか、何処だとか言いながら本気だったんだから」


「ええ、はい」


「そんなのね、いないのよ。外側になんてね、居ない」


「はい」


「自分は多くの時間が掛かってしまいました。たくさんのお金も使いました。ようやくようやくですよ、気が付いたのは。外側になんて居ないんだって。」


「はい」


「そりゃあね、自分より何か出来る、能力高い、っていう人は存在すると思います。でも、自分が探していた見えていた世界っていうか、その風景の中には、居ないっていうことだったんだよなって、今は思うんですよ。言わば、オレも凄い、お前はオレより下か上か、どっちだ? っていうような、力試し大会みたいなものに出たがっているような、前に前に出たがるような能力者的な人たちに会ってきたんだなぁって、気が付きました」


「そうなんですね……」


「NANAさんはもうご存じのことでしょ。そういうこと。自分の方が凄い能力があるとか思っていたヤツですよ。カッコ悪いったら」


「そんなこと無いですよ」


「NANAさんはそう思わないかもしれませんが、自分でね、自分のこと見えてない恥ずかしいヤツだよって、そう思ったんです。で、大きなショックを受けて一人ふらふらと登った山の途中で見た木々や川や滝や蝶が凄く大きく見えたんですよ。それらを活かしてる山もさらに大きくて凄いなぁって。もう見える色が違うの。そこでしばらく瞑想しました」


「素晴らしい経験をされたんですね」


「自分の中は、それまでノイズだらけだったんだなと。自分の内側ですね。そんなにも静けさの中に居られるんだって、初めて気が付いたんですね。そこからです。さらに山とか森に惹かれるようになったのは……」


「それで、いつもお一人で行かれることが多くなったんですね。そして、人に会いに行くのではなくてっていう旅に変わったのですね」


「はい。自然に包まれに行くんです。あぁ、自分がわかってなかったけど、本当に欲しかったものって、探し続けていたものって、こっちだったんだ! って気が付いちゃった感じです」


「それで、今では自然の中でいつも瞑想してらっしゃるわけですね」


「はい。大きな存在を感じる、その自然界っていうか大地の女神っていうか、自分はどうしたって勝てっこないなぁって、自分より大きいんですよ。」


「それで実際の女性じゃない大きな存在に、今のジェイさんは……そう、恋をしているんですね」


「おっ!」


「おっ?」


「おおっ! NANAさん、嬉しいこと言ってくれますね。実際の女性にそれまでのように惹かれなくなりました。で、これって恋ですか……」


「そう呼んでも、いいかもしれませんよ。でも……」


「でも?」


「大地の大きな女神ですから、それは……言い方を変えると、例えば……」


「例えば? 遠慮無く言ってください!」


「はい。では。大地の女神へのそれは、恋であり、恋い慕う感情であり、そして大きなそれは、母性への想いですね」


「母性への?」


「マザコンです」


 NANAはくすっと笑いながらそう言った。続けてジェイ氏は目を見開きながら、大きくそして小さく何度か頷いた。


「この話にはまだ上がありますね、NANAさん」


「やがて、少しずつ憧れとか、恋慕っていうものとは違うものへと変わっていくことも起きると思います。ジェイさんは立ち止まらないのでしょうから、もっともっと先へと進んでいかれるでしょう」


「先へ、ですか。当分の間、大地の女神から離れられない気がしますがね……」


「大いなるジェイさんの、内側に、大地の女神がいらっしゃるとも言えますよね」


「あぁっ、そこまでそこまでですよ。知りたくないっていうか、もう少しの間、ゆっくり進ませてください。自分はまだまだ、外側にあるものに受け止めてもらいたいんですね。それが大きな存在であって欲しくて、大地の女神との出会いで……」


「ええ、ええ、もちろんです」


「で、自分は、恋をしていて、それが母性の面影を追っていると。簡単にひと言で言ってしまうと、それが先ほどの……」


「マザコン!」


 二つの声が揃った二人は笑った。


 NANAは生命の樹にあるビナー、大地母神の働きのことをいくつか話した。宇宙的な陰の働きについて、宇宙的な母という存在について、地上の血縁の母は大きな宇宙的な母の一部でもあり、また縮小版でもあるということを。


 それらを聞いて、さらに嬉しそうな顔をして頷いていたジェイ氏だった。わかってはいるが、あらためて、怒られなくて気分を害することが無くて良かった、とNANAは安堵した。何しろ失礼なことに「マザコン」などと言いのけてしまったのだから。


 しかし笑っているということは、ジェイ氏はもはや今現在の位置に立ち止まり続けては居ないということだ。待ってくれとか、もう少しゆっくり進みたいなどと口にはしていたが、それはおそらくは建て前のようなものだろう。きっと自分自身でスタートさせたいのだ。新しい方向へ、新しい世界へ、新しい意味との出会いへ、ジェイ氏の新しい旅が始まるのだろう。

 そのスタートラインには自分の意思で立ち、自分のタイミングで歩き出すということを考えているように見えた。

 彼は自分の中にある母性とか、女性性のエネルギーについて考え始めるということを実行するだろうと思われた。そういう人なのだ。



 しばらく後に連絡が入った。


 ジェイ氏は野菜や花を育て始めたのだと言う。

 土を触り、種を植え、刻々と変わりゆく自然の環境と出会い、同じようでありつつ全く違っている葉の一枚をじっと眺めているそうだ。虫たちと出会い、鳥や様々な獣たちと出会っていく場に居るのだと言う。

 大地に触れて手を汚すことの日々の喜びがそこには書かれていた。






 キーワード 天王星、ケテル



⑬へ続く

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