第25話 太陽を食べたがる8つの物語の大人達⑪
⑥より大きな大いなる自己との出会いを求める
ジェイ氏は、NANAに出会う前にすでに多くの人たちを癒やす仕事をしてきていたプロのセラピストだった。彼がやって来る日には、NANAは夢を見ることが多かった。その日は、風に吹かれながら空を見上げ、山を登り、遙か頂上から雲の海を見下ろしているジェイ氏の姿を見ていた。
(話すのが面倒くさくて……また、送信ですか……)
自覚的なのかどうかはわからなかったし、それを確認する気にもならなかったが、どこか夢の中での送信受信は当り前のように行われていた。お互いもそれを当り前にしていた。あらためてどうのこうのということでも無い。ジェイ氏はもう20年以上セラピストとしての仕事をしているようだった。
その日やって来たジェイ氏は、確かめたいことがあるのだと最初に言っていた。お茶を出しをした後にKはいつものように軽く会釈をして隣の部屋へと消えていく。
「わ、今日のジェイさん、やわらかい」
ジェイ氏がインターホン越しに顔を見せた段階で助手のKが呟いていたのを見ていた。
彼は大きく懐の深い存在を常に探していたが、なかなか出会うことは無かったのだと言う。それはNANAも知っていた。彼は、世界をその範囲として考えて多くの場所を訪れて探し続けてきたのだ。世界を旅してきた話を時々ではあるが、NANAは聞いていた。そんなに大きな体格でも無いジェイ氏は、世界に出て行くとしたらむしろ小さな体格として見られることの方が多いと思われる。世界の能力者と言われる人たちには大柄の人も多かったそうだ。
時に森の中に、都会の街の中に、大きな存在を探し求め続けていたけれど、探しても探しても、結局は自分が求めてるような存在は居ないという結論に至ったそうだ。
やがて、自分が探しているその対象が自然界であると、人間そのものでは無かったのかもしれないと、ある時気が付いたのだと、この日は言い始めていた。
自分が探していたのは「能力」だったのではないかと、気が付いたのだとジェイ氏は言った。スゴい能力を探しながら、自分と比べて、比べ続けていたのではないか、と。
ある時思ったのだそうだ。自分のことが見えていなかった、自分が、である。もとよりジェイ氏は多くの人たちから見ても自信家に見えていることが少なくなかった。
今では大きな自然に女性性を感じるのだという。ジェイ氏は、実際の女性経験においては一般の程度を遙かに超えて数が多かったらしいが、自らを委ねることが出来るのは、実際の生身の女性では足りないと感じていたのだと話をしていた。
そんなジェイ氏は、いつからか自然との出会いの中にエクスタシーを感じるようになったのだという。世界の自然と出会う中で、特にいくつかの特定の場所というのもあるのだと教えてくれた。
彼もまた自分よりも大きなものに呑み込まれたいということに近い欲求があると思われた。
さらに彼は偉大な存在になりたいという欲求も持っていた。偉大だと思われたい感情と、他者が自分より下で在るということを前提としている発言が見受けられた。その自覚もあるようで、自分はどうしても自慢してしまうというか、自分ほどにわかる、見えているという人がそういないと思えてしまうから、しょうが無いのだとも言っていた。世界中を歩いてきたし、様々な能力者と言われている人たちに会ってきたけれど、その考えは変わらなかったのだと話す。
NANAはそのお話しにおいても否定せず頷いて聴いていた。
しかし実際は、どのような仕事をしていても、他者が自分よりも解放されている可能性はある。職業は役割であって、自分の開放度の証明になどなるわけが無い。占星術などの占いもセラピストも同じである。訪れる方がより開かれている可能性があるのだ。必ず自分よりも閉鎖していると決めつけてはいけない。
NANAはジェイ氏の期待には応えなかった。
「だって凄くないですか? 色々なことが見えて来て、わかっちゃうんですよ」
「はぁ」
「NANAさんはね、いつも話を聴いてくれるし、時に質問に答えてくれるんだけれど、自分のことを凄いとは言ってくれないじゃないですか。そう思ってくれてもいないでしょ」
「え」
「いいんですよ。本当のことを言ってください。大丈夫です。怒るとかそういうのじゃ無いから」
ジェイ氏はそう言って笑った。
「えぇ、はい。そうですね。ありませんね」
「あー、そういうの、そういう感じ」
「えっ?」
「気持ちいいんですよ。そういうハッキリした態度」
「はい?」
「仕事してくれてんなぁって、ね」
「はぁ」
「NANAさんは自分に興味が無いっていうことはわかってます。凄いとか憧れとか、そういうのが無いって受け止めているんです。ただ見えてないだけっていうのでは無くてね。NANAさんの興味っていうのはそういうところには無いし、そういうことで揺れたりなびいたりする欲求っていうか、欲望も隠されてなどいないっていうことでしょう。NANAさんから見ると自分はまだ解き放たれ度と言いますか、まだまだなんですよ。興味が自分には無いんだってこと、結構これが残念なわけですよ、実は……」
「そう……ですか?」
「それでね、今の自分は、自然界に見つけたんです。その場所に行って瞑想します。大きく大きく広がっていくし、見えなかったものが見えてくる。自分がどれだけ勝手で認められたいと思っているのか、そういうことも少しずつ見えて来ていて……」
「その体験は、凄いですね」
「あははっ。凄いってそこですよね。自分じゃ無い。NANAさんがいつも見ている風景って自分にはまだ想像出来ないんですけれど、見たいっていうか、知りたいなって、そう思い始めているんですよ。自分にとってはとても大きなことですし、自分は世界中歩いてきましたけど、わかってないことがたくさんある。だから、まだまだ学びたいなって思えたんです」
「それは、外を見ていたと、今までの自分が、というお話ですね」
「はい、そうです。NANAさん」
ジェイ氏の表情がいつも以上に柔らかく見えていたのはそういうことだったのかと、NANAは思った。今朝見ていた夢の中に居たジェイ氏はとても嬉しそうだった。
ジェイ氏にとっての新しい学びや気付きの始まりのタイミングなのだろう。NANAはオメデタイ気持ちになった。
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