第22話 太陽を食べたがる8つの物語の大人達⑧
「意味が欲しいんです」
Wさんは、自分でそう発言していながらも、その言葉を連打することは無かった。むしろそこにNANAは興味を持った。そこで本人に聞いてみることにした。
「意味が重要、ということですか?」
「えっ?」
Wさんが止まった。
「先ほど、そう……おっしゃってましたよね?」
「……意味が、重要……」
振り返って考えている、思い出しているWさんを見ていると、その言葉自体にこだわっているわけでは無さそうだということが見えてくる。肝心なのはその言葉の持っている中身、のようだ。
(Wさんが、どういう意味をその言葉に持たせているのか……ということですね)
「意味が……」
と再度、NANAが音にした途端にWさんは思い出したらしい。
「あっ。意味が欲しいんです……って、私、そう言ったんです。確かに、そう言いましたよね、私」
「はい」
「そして、NANAさんに今ほど聞かれたんですよ。『意味が重要、ということですか?』って聞かれて、私は考えたんです。すぐには自分が発言していたということに至らなかったんです。思い出してみると、確かに私は口にしていた。そう言っていました」
「思い出しましたね」
「はい。それで、あらためてNANAさんに聞かれたことを考えます。意味が重要っていうことなのか、どうか……です」
「はい」
「意味が欲しいんですってことは意味が重要と考えている、それが欲しいと言っているということですよね、私が自分で言ったことではありますが……今、考えながら喋っています。ちょっと待ってくださいね」
「はい。大丈夫です。待ちます」
「意味が欲しいんです。確かに私は意味が欲しいんです。家のこと、家事をすることに意味を感じていない、意味が無いって言っているわけですね、私は」
「はい、そうですね、そうかもしれませんが、今一度確認してみましょう」
「確かに、意味を感じてはいないんです。そう思います。意味が無いと思うから、もっと意味のあることをしたいんです。していたいんですよ、私は」
「Wさんはどのような意味を欲しがって、求めていらっしゃるのでしょうか?」
NANAの質問に再び彼女が止まった。しかし、今度は目に力が入っている。そこには挑戦というような思いがすでにあるように見えていた。Wさんは、自分のことをもっと知ろうとしている。挑戦というのが近いのだろう。彼女の仕事に向けているエネルギーが動き出しているかのようでもあった。
それは、答えはまだ出ていないけれども、すでに元気を取り戻し始めているということ。きっと今の彼女にとってのヒントや答えというものに到着するのは近いだろう、そう思えた。
「私が求めている意味……ですね。私はどのような意味を求めているのか?」
「はい」
「意味が欲しい、わけですからね、私は」
「はい。勢い付いてきましたね」
「はい。なんだか意味わからないけど、楽しくなってきました。もうちょっと待ってくださいね」
「ゆっくりどうぞ」
「意味が欲しいんです。意味があることと意味の無いこととがある、と思っているんです私は」
「意味のあること。意味の無いこと。その二つですか……」
「ええ、意味の無いことはしたくないんです。意味のあることをしたいんです」
「それは例えば?」
「意味のあることは仕事です。それをしていたい。意味の無いこと、それは家のこと、家事、というような日常の生活のことという感じですね。そっか私は仕事には意味があるって言っているんですね。その逆で家のことをするっていうことには意味が無いと、そう言っているんですね」
「そう……なりますか」
「うーん、なりますねぇ。言ってます。家のことには意味が無いからやりたくないって言ってますね、私。結構酷いこと言っちゃってますね」
「酷い……ですか?」
「家族のやっていることに価値を感じていないんです。そんな誰でも出来るようなことっていうか、誰かを喜ばせたりしなようなことをやり続けることの意味っていうかですね。そんなことしているくらいなら、もっと他者の役に立つようなことをした方がいい、そう考えていました、います、私」
「酷い、ですか?」
「少なくとも、主婦の方には失礼っていうか。酷いこと言うよねって、そうなると思います。でも、私はそう思ってしまってて、だから自分の家のこと、したくないんです、やっていると、やってみるとですね、洗濯していても、掃除しても、むなしくなってくるというか、意味を感じないんですね。意味の無いことやっている自分が、今度は自分に、自分そのものに意味が無いような、そんなふうに思えてきてしまう私がいるんです。少し、見えて来たような気がします」
「はい」
「そういう意味で、私は自分のすることにおいての意味が欲しいって、そういっているんですね」
「そういう意味で、ですか」
「私は家のこと、家事というものが意味が無いと言っているわけですが、それは他者のためになっていない行動だと思っているんですね。誰かを助けたりしない、喜ばせたりしないって。その誰かって、家族じゃ無いんです。誰かって他者なんですよ。家の中の人では無くて外に居る人。それは一人や二人じゃなくて大勢の人たちであって、そういうたくさんの他者に感謝されたり役に立ったりするということを言っているんだなと、あらためて今認識しているところです」
「それも素晴らしいことですよね」
「ええ、でも、問題があって」
「問題ですか?」
「NANAさんは気が付いていて、わざと丁寧に過去から現在までを再び自分で歩きながら何かに気が付けよっていうか、気が付くかどうかの私の状態を注意深く見ているのだなって思うのですが、問題があります、私には。ええ、ここですね」
「ここ、とは……」
「好きなことならば、ただやっていけばいい。追い求めて走り続けていけばいいんです。きっと。だけど、私にはそうできない理由があった。気が付かなかったから、自分は思いっきり走り続けているものだと今まで思ってさえいましたが、私には問題があって、それで思いっきり走り続けている状態では無かったのだと知ってしまいました。一見好きなように爆走しているように見えて来たかもしれませんけどね」
「とても大きな活動力ですよね」
「でも実際は、自分の足元を止めているものがあったんです」
「何か意味の無いことをしている自分ではいけないと。家のことや家事をしている生活というのは自分にとっては、意味が無い。誰かの役に立ってなどいない、意味の無い時間を過ごすことになると。それは結局は、何か多くの人たちの役に立っている日常で無いと、私には価値が無い、意味が無いのだと言い続けている自分がいたっていうことです。確かにあらためて考えてみてもそう思う、そう考える自分であろうことは理解出来ますから、これは嘘でもねつ造でもありません。私の中にあることです」
ため息をひとつ。そして続ける。
「好きなことをして生きていくことは大切だと思ってきました。だれにどう反対されようとも貫くんだって、それこそが正しいって、そう思って走ってきました。でも、家族の目を気にし続けている自分がいたんです。家族には価値が無いと思われていると感じて来ました。そんな家族は世間知らずで、価値のあるモノが見えていない人たちで、だからこそ家族にはこんなに社会で役に立っている、立とうとしている自分に価値を感じない人たちなんだと。だから家族のやっていることに私は価値を感じていないし、そんなどうでもいいことをと言ってきていて。それなのに、自分がその家族の普段当り前にやっていることをたまにやってみると怖くなる。どうでもいいはずのことが、実際は私に価値が無くなってしまうような気がして怖くなってしまうっていうことだったんです。家族にそう言われるわけは無いし、会社や社会でそう言われることもありませんけど。自分でそう思っていたんです」
「怖いっていうのは重要ですね」
「それがある以上は、好きで走ってるって言い通せないってことですよ。私は走り続けないと自分に意味を感じない、価値を感じないっていうことなんですから。これは結構な一大事です」
Wさんは、その日から観察を続けることになった。価値というものに対して怖れている自分の発見へと向ったのだ。社会の目あってこその頑張りだった自分を発見したということでもある。それは意外だった。好きにやって来たと、これまでのことをそう思っていたからである。だが、ちょっと違っていた。気が付いてしまったのだ。
「なんでもいいよ、大丈夫ってあんまり何もしないような他者を受け入れたり、慈善的な行為をしたりしているような生産性の無い人のことが昔から嫌いなんです。仕事が出来ない人も嫌いなんです。他者に面倒見てもらったりするのもイヤなんです。そういう人は恥ずかしいっていうか、間違ってるっていうか。そう思ってきた自分のこと、見直していくチャンスってことですね」
Wさんはそう言って窓の外を見ていた。
「私は、本当に自由に好きなことに向っていく、そんな自分になれるでしょうか?」
「もちろんです」
「ありがとうございます」
「Wさんにとっての新たな価値との出会いがあるはずです」
「自分が家族に文句言いながら偉そうにしているように見えて来ました。多くの人たちのことも無自覚に軽んじてきてしまっているんですね。自分の方が優位であるということにこだわっていたなんて、本当に無自覚でした。そういった依存しながらというのじゃ無い、自立へ向いたいです。これからは。私、まだ自立してなかったんです」
それはキッパリとした決意表明のようだった。
彼女の新しい一歩が始まる。
キーワード 火星・木星
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