第23話 太陽を食べたがる8つの物語の大人達⑨

 ⑤支配と被支配という関係性への憧れ


 HIROと名乗った女性は、美しいものとの出会いを常に欲しがっていた。そう語る彼女の目は潤んでいるように見えた。


(けっこう、かなり浮いている……ではないですか……)


 NANAはすぐにそう思った。時々地面に着地していない人はいるが、目の前の彼女は見たところ通常以上に浮いているのだ。浮いているだけでは無い。よく見ると、独特な偏りをしているようだった。仕事も長続きしないようで、転々としていた。


 HIROさんは、美しいものを求めているようではあったが、話を聴いていくと、多くの場合それは人間の活動力というような、その人が発している放射エネルギーのことのようであった。そのエネルギーに憧れ、そして欲しているようだった。人間という存在への憧れが強すぎる、とでも言うべきか、NANAは静かに彼女の言動を観察し続けていた。



 HIROさんは、自分よりも大きな活動力の人に憧れ、近寄り、張り付いては、その輝きに見えるものに包まれることを望んで来たらしい。これまでの人生の中で出会った憧れの人たちについての話を聞かせてくれた。けれど、どれも最終的にはその憧れの対象に落胆することになったりして自ら離れることになり、美しいはずのものはいつも空中を掴むかのような話になってしまい、手に入らないという経験を重ねてきているようだった。

 そんな話をしている時のHIROさんはとても悲しそうだった。そして憤ってもいるようにも見えた。美しく永遠のようにそこにあるはずのものが露と消えてしまうということに。あるはずのものがいつまでたっても自分こそを選ばない、ということに。


「ちくしょうっ」


 一瞬大きくゆがんだ表情と一緒に小さくそう聞こえた気がしたが、それ以上ではなかった。まるで気のせいのように思えた。


 初めて彼女がNANAのもとを訪れた時から予感はあった。この物語にしばらく縁することになるのだろうとNANAは感じていた。いや、望んでそれを受け入れたといっていいだろう。


 社会というある意味安全な、常識的な環境ではあり得ないような考え方や実行の話になるだろうと予感はしていた。こういう仕事をしているとしても、彼女の射るような、そして濡れたように時折光る瞳に怯える人が居たのもわかる。実際避けた人もいたのだ。おそらくは人によっては避けるだろう。これを一線を越えた状態の人ととるかギリギリラインと判別するか、おそらくはそれを確かめようと、より見えるようにと近寄るほど深みに入ってしまう人もいるだろうなと思われた。


 しかし、NANAは避けるつもりも断るつもりも無かった。初見において、嘘の無い残酷な正直さという一点がそこにあるように見えていたからである。

 もちろん相談者という位置からのオーダーがあってこそのことではあるが、それはHIROさんの意思によって決まる。



 そもそも私たちは自分のことをまともであるとか、病では無いと思い込みすぎなのだ。ひとりずつ、この地球社会の視点からでは解決不可能なような症状を持っていることも多い。見えないような病、神経を痛めている状態、ということを起こしていることの方が多いように見えていた。それらをあくまでもこの社会の枠の中において判断しようとすると、社会で活動しにくくなるような病の名前が付くとか、それに近いことが起こりやすくなる。

 少なくともNANAが縁する人たちは生きにくさを抱えていたが、それは社会という決まりきった定型の形の中に上手く収まらない自分のことを間違っていると考えるところから発生していることも少なくない。ただただ目の前に存在している現代という時期に噛み合わない考え方や価値観だっただけなのかもしれないのに。


 HIROさんは、ある程度の期間を空けつつ定期的にNANAの元へとやって来た。何度やって来てもHIROさんは自分の中にある風景の中において真っ直ぐであり、そこに嘘など無かった。しかし、やはり多くの人とそれをこの社会で共有することは難しいだろうと思われた。


 HIROさんは美しいと思えるものに近寄って、やがてその対象に対していかに自分が美しく輝き続けるものであるかを見せつけて、その相手にわからせようとしていくような手順があるように見えた。

 彼女が美しいと呼ぶものは、例えばそれは花や植物では無い。そして犬や猫のような動物でも無い。それは人間のことなのだ。男女間において特にそうであった。

 相手が自分に対してその美しさを感じて、より深く溺れてくれれば、それが理想の形でもあるようだったが、思い通りの溺れ方では無いことを見るや、強烈にその相手に嫌悪した。


 欲望を受け止めてくれる優しき女神が、今度は空中から地面へと叩き落とすかのようなもうひとつの顔を見せる。暴言を吐き捨てる女神となる。


 いつだって大きく美しいものを求めている以上は、それ以上に思える対象が新たに現れた時にこそ、女神の表情は大きく変容をすることになるのだ。それまで美しく見えていたものは途端にその色が褪せていく。女神は居ても立っても居られない。


 HIROさんは、美しく大きな存在と思える出会いに魅入られて、近寄って、やがてはそれを飲み込もうとしていたが、時に対象が箸にも棒にも引っかからずつるりと逃げていくかのようで、その葛藤も経験していた。むしろ狙っているようでありながらも、相手の方から進んで飲み込まれようとしてくれることを望んでいるように見えた。

 しかし自分の側のエネルギーのサイズよりもあまりに大きなものは、どうこうしたって飲み込むことが出来ない。さらに相手の側にその気が無いならどうしようもない。

 彼女は、それを諦めることも、受け入れることも苦手なようだった。自分よりも大きい存在を自分に留め置いたままにして支配したいという衝動である。未来を歩かせない、作らせない、自分の目を見ろ、離れられないはずだろうと言わんばかりに見つめ倒す。

 興味など抱かぬものは、ただ彼女の横を通り過ぎるだけ。そこには女神という存在さえ無い。


 一人で居ることが出来ない。

 おそらく彼女はそういう人だった。


 NANAという存在に自分が代わりになって生きたい、ともHIROさんは言ったことがある。その人生を生きたいとも。NANAの人生そのものが端から見ていると輝いているように見えていたのかもしれない。


 その人は実年齢よりも随分と若く見える人だった。自分にもそれまでの人生があり、物語があったはずであり家庭を持ったこともあったが、何かに心の底から満足していなかったようなのだ。自分の外側に強く大きく輝くもの、普遍的に見えるものがあるのだと思えていたようだった。それに包まれれば誰もが幸せなのだという感じだった。

 彼女は子供のように目を輝かせながら「永遠の愛になりたい、輝く愛がすべてだから」「あなたも愛なのよ」と出会った人に語っていた。



「ちくしょうっ」


 NANAには、確かにそう言った彼女のその姿が思い出されていた……

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