第18話 太陽を食べたがる8つの物語の大人達④

「どうしてあんなにも苛立ってしまうんでしょうか……」


 仲良くなった女性に対しての葛藤を糸子さんは話していた。


「私がこれがいいよって話しているのに人ごとで、同じことを一緒にしようとしてくれないんです。重要だって思ってくれていないって思うと怒りが湧いてくるんです」


「それは日常からすると結構激しい、ハッキリとした相手への感情なのですね」


「ええ、もっとやってくれたらいいのに。私は出来ないんだから。そういうこと、もうわかっているはずなのに。見てわかっているはずのことをどうしてしないんだって、時々煮えくりかえるような激しさが溢れ出そうになることがあって、我慢するんですけど態度とか言葉にはわかりやすく出てしまっていると思います」


 徐々に「してくれない」ということへの不満は大きくなっていくのだそうだ。


「でも、その方もお忙しいのですよね? ご家庭があったり、お子さんのことがあったり。ご主人のこともあったりで、糸子さんにのみ構っていられないというか……そうしたくても出来ないかもしれません」


 NANAがそう言うと、納得出来ないという顔をしながらも頷いていた。だからこそあまり多くのことを喋りすぎないように、声を出さないように普段からしているというのだ。声を出すと、そのうち大声になってしまい相手のことを罵倒してしまいそうになることがあるらしい。出来るだけ膨れあがる感情を普段から抑えて我慢しているのだという。


「だって……嫌われたくないんです」


 複雑な状態に、自分自身が自分のことを上手く扱えなくて困っているようだった。ため息を付きながら、用意していたハンカチでこぼれる涙を拭きながら、また糸子さんは続けて自分の特徴を話す。声を出すことを我慢する理由である。


「自分がお客さんの時には爆発するんです。何か店側の従業員の失態とかサービスの不備のようなことがあると、必要以上に不満をぶつけてしまうんです。火が付いたようになって抑えるどころか爆発して、吐き出し終わるまでやってしまうんです。そこには、気持ちよさみたいなものまであるっていうことに、話をしていて気が付きました」


「気持ちよさ、ですか……」


「ええ。思いっきり言いのけて、罵倒して、私はその時には正しいわけなので、相手は怒られて当然なんです。私はこんなに酷いことされたんだってわからせたいし、徹底的に謝罪させたいっていう気持ち一色になっているんです。そんな自分に愕然としますが、一度始まってしまうと……どうにも止まらないんです」


「それらを見た。見えている自分が居るっていうこと自体が大きい変化ですね。これまでは無自覚にやって来たことなのかもしれませんが、今の糸子さんはそれを見つけたんです。捉えるという位置を作ることが出来たということは、それは大きな立ち位置の変化です」


「こういうことをせっかく仲良くなった人たちにやりたいのかって考えると、それはやりたくないんです。でも、やってしまう自分がいつか出て来てしまうんじゃないかって、いつもどこかで自分が怖いと思っています」


「捉えていこうとしている糸子さんが居る限り、そうはしない可能性は高まります。無自覚なままいくことの方がもっと関係性を壊すようなことを起こす可能性は高くなるでしょう。だから、糸子さんは、望んでいないんです。壊すことを、ですね」


「何もかもダメにしたい、ダメにしたくて毎日活動しているんじゃないかと考えたら、もう自分にガッカリしかなくて。どうするつもり何だ自分は……って考えるんですけど、答えもヒントも思い付かないんですよ」


「辿り着くべき場所は必ずあります。その場所へと大きく緩やかに誘導されていっているかのように見えますよ。信じてみませんか、もう少し、自分のことを」


「普通じゃ無いんだから、治さなきゃいけない、のではなくて、ですか?」


「ええ。過去の自分が呼んでいるんです。今現在の糸子さんを」


「過去が、私を?」


「例えば、ですが、事件の現場に、戻ってきて欲しいんですね。絡まってどうにもならなくなったものを解していくためにも。そういうことが起こせる糸子さんにようやく成長したということを潜在意識の側が知っていて、その仕事をしてくれよ、というお手紙が届いているという可能性がありますよ、ということです」


「……私が、私に……」


「ええ、ええ、そうですね。私たちは私というこの存在のみで成り立っているわけでは無くて、ある意味チームで成り立っている存在なんです。占星術でいうと、7個のの天体、10個の天体が、私たちひとりずつの出生時に配置されている、散らばったその星たちは私という存在を作っているひとつのチームなんです」


「出生したときの天体たちが……」


「地球上での自分の特徴や行動欲求がそこには表れているとされているのが出生図というホロスコープですから、逆に言うと、その7個あるいは10個の天体のことをさらによく知っていこうとすることで、環境から判断される様々勝手な印象では無くて、本質的な自分自身に自分で近付いていくことになるわけです」


「私が悪いわけでは無いんですね。それで話は終わらないってことですね」


 ある意味諦めたかのような、それでいてどこかしら嬉しそうでもある糸子さんがそう言った。もうダメだ、終わりだ、ということでは終わらないのだということを受け入れ始めたようだった。


 占星術では、自分で選んで、選んだ時間と場所に生まれて来ているのが私たちだと学ぶ。誰かにそうされたわけでは無く、自らが何らかの目的を持って地球に生まれてきているという。出生図を地球を生きる可能性として携えて、その図の働きを知っていこうとする中で、もう一段上の階層の自分自身ということをさらに知っていくことになる。占星術は当て物では無いのだ。自らが用意して、地球に生まれゆく自分に持たせた地図とも言えるだろう。そこには物語がある。



 糸子さんも、その物語の始まりは自分の両親であろう、というところまでは気が付くのは早かった。もう随分前に成人してはいるものの、糸子さんは両親に対して強く執着し続けていたのだ。特に母親に対してその思いは強いのだと気付いていった。

 仲良しになる対象を見つけてしまった時には、その対象をまるで「強制的に自分の言うことを聞く存在のように」決めつけて考えている自分さえいるのだと、そう例えていた。そしてその欲求、願いはことごとく叶わない、という体験を重ねていた。


 糸子さんの母親は今も昔も働き者で、自営業的に仕事をしている人なのだそうだ。多くの時間を祖母に預けられ、母親と子供という風景、思い出が無いのだと言う。


 ほんの少しずつ解けていく事実にガッカリしながらもどこか嬉しいという実感を得ながら、自分のことをより理解しようとしていく彼女の旅は続いていく。


「私は、どれもこれも、何もかも、近しい誰かという女性にお世話をしてもらいたいのですね。彼女たちの男性パートナーたちが羨ましいのかもしれません。借金だ、浮気だ、暴力だ、っていうことさえ許して、面倒見て、一緒に居続けているのですから。どうして? どうしてそれが私じゃ無いの? 私じゃダメなの? って思ってるんですね」


 いくつかの節目を越えて、糸子さんの旅は進んでいくだろう。





 キーワード 金星、天王星



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