第16話 太陽を食べたがる8つの物語の大人達②

「私は私を、ハッキリクッキリとした形で、外に向かって打ち出したいのです」


 レナさんがそう言い続けているようにNANAにはすでに見えていた。しかしレナさん本人からの言語化ではまだ無い。


 NANAはそれが音として、あるいは文字として表わされる日がやがてやって来ることを知っていたし、それを待っていた。


 だからこそ、焦ってはいけない。大切なのは本人が「自覚」することなのだ。その過程である道のりの紆余曲折、アップダウンも重要である。答えに到着さえすれば済むという話では無いのだ。

 答えという存在に出会うことは、その本人にとっての「生きていく力」に繋がっていくということである。だからこそ自覚するまでに実際に時間が掛かることも少なくは無い。しかしそれさえ、無自覚なところでは本人は織り込み済みなのだと思われる。気が付いていくひとつずつの過程でのヒントとの出会いは、時に忘れられない思い出となる。


 レナさんは仕事の現場で、多くの時間を大勢で過ごすことが多かった。常に大きく目的を掲げる人が側に居た。集団が向う方向性は決まる。大きな船が何処に向うのか、それがハッキリしているのだ。だから迷うことは無い。自分の持ち場に着いて、自分の担当の仕事をしていくことが重要なこととなる。それぞれ同じ船に乗った乗組員たちは、自分の持ち場に着くのだ。

 それは船という存在の細部になるかのようであり、それぞれが連絡網で繋がりネットワークとなる。モノであった船に目的が用意され、人というネットワークが乗り込むことで、船はまるで生き物のように動き出す。そこには旗を振る存在としての「船長」が居る。


 目的に向う船の船長は、船全体を鼓舞する役割も持つ。時に細やかに、大胆に振る舞い、乗組員たちを不安から解き放ち、その手を止めることの無いように船全体を動かしていく。


「船長になりたかったんです。尊敬される、憧れの的である船長に。多くの人々に夢を見せることの出来る人に」


 ある時、レナさんはそう言って、続けた。


「でもそれは、周囲に居る側の、その位置からだけ見えている船長ということだったんじゃないだろうかって、今は思っているところです。考えてみれば、私は船長という位置にいる人の日常の心の有り様を知らないのです。いえ、知ろうとしてきたことなど無かったのだということに愕然としています。でも、私には船長が唯一の星のように輝いて見えていました。あのようになりたかった。それは本当です」


「ええ、はい。大きな気付きですね、それは」


「それで、その船を何処に向わせるの? ってNANAさんに聞かれたときに答えられなかった自分のことを考えていたんです。ずっと。そうしたら、あっ、そうかって、気が付いたのです。私は、そこに見ているあの姿、そう見える存在になりたいのであって、だからこそ周囲からどう見えているかは重要でした。でも、船長の位置から見た日常、船長の位置から見た船員達への思いと行動、なんていうことは想像もしていなかったんですよ。ひょっとしたら私は、船長になりたいって言い続けながら、そうではな無かったのかもしれないと。私は、見えている船長という羨望の的としての存在に憧れ続けるっていうことをし続けて来たのであって、自分もそうなりたいと思ったのであって、船長としての24時間の過ごし方を追いかけて実践してきたわけでは無かったんです」


「でも、自分だけの何者かになりたいという気持ち、考えはレナさんにとって本当のことですよね。自分に何かを求めているっていうことにおいては、何も間違ってなどいないでしょう。先輩とかお手本のような存在に出会うということは起きているのです。あとは、姿勢の取り方を少しずつ変えていくことに興味が持てるか、ですね」


「最悪だ、間違いだ、間違えたって思いたいですけどね。そうです。私の何かになりたいっていう気持ちは本当のこと、そう思いたいです。そう思うことは、望むことは間違ってないのですね?」


「もちろんです。レナさんがどのようなサイズの船に乗って、どのような船長となるのか、その船は何を目的として海を渡り旅をしていくのか、レナさんの目的が、達成への日常が、あるはずです。それが重要です。ここからはさらに」


「私は夢を見ていたのでしょうか。周囲から大きいと言われる大きな存在に、なりたかったんです。そんなこと気にもせずに船長は居て、見ていることも重要だと考えていることも別のところにあって、それを私は見ようとも、探そうとも、大切にしようとなんて、まるで考えもせずに、いました……いえ、気が付かなかったんです、私は」


 それからレナさんはNANAの提案した「船の瞑想」を続けることになった。


 船長が船に乗る前の段階からの日常を想像していく。

 船のサイズや形も自分がしっくりとくる望んだものにしよう。

 船は何処に向うのだろうか。

 途中どこかに寄り道はするのだろうか。

 乗組員はいるのか、一人なのか、どうだろうか。


 どのような船を想像したとしても間違いじゃ無い。瞑想の中で出て来た船が想定していたものとは違ったとしても、何も間違いじゃ無い。

 より重要なのは、そこにどのような意味が発生しているのか、どのような意味を持たせる自分がいるのかということの方だ。


 最初に描いてみたイメージの船はあったが、それよりも実際の瞑想の中で現れたレナさんの船は自分の目が届く範囲のかなり小さなものだった。その船は木造で、何らかがぶつかったような小さな傷の痕があった。瞑想の中で思わずその船の傷に手を伸ばしてそうっと撫でている自分がいた。隅から隅まで見て歩き、必要なメンテナンスを始めなければならない。航海の準備なのだ。必要な物資も用意しなくてはならない。忙しい。どうもこの船に乗るのは自分一人か、少人数のようだ。全貌はまだ見えていない。無線でのサポートは付いているようで、一人きりでも無いらしい。


「まずは、ここから」


 力強く頷いた彼女がいた。憧れから始まることがある。それは間違いなどでは無い。どこかで借りてきた夢と実感に気が付き、自らが作り出す側へと歩き出そうとする時がやって来るだろう。

 それこそが大きな旅の準備の始まりなのだ。

 レナさんの独自の人生作りが始まる。



 キーワード・天王星








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