第31話 太陽を食べたがる8つの物語の大人達⑯
園子さんは、固まっているようだった。すぐに受け入れられない状態の時に、人はフリーズする。考えようとしているのだ。感情的に共感できないものがやって来たために、一生懸命にそれについて考えようとしている。そんな彼女がいた。
「え、えっと……」
「頭では……わかります。言われていること。そうですね、職業に上下なんか無い、はずですよね……」
「はい」
「でも、私は……凄い人と凄くない人が居るって言っていて、その凄くない人は自分で、ちゃんとした特別な種類の仕事に就いていないって言っていて、誰にでも出来るようなパートの仕事じゃダメなんだって思っていて……ましては専業主婦なんて。それが、仕事、職業に上下があるってことを他者に向って自分が言ってたなんて、自分は差別しちゃいけないって普段から言っているタイプの人間なんです……。いや、おかしいですね、これ、私って」
「場面を変えてしまうと、言ってることと違うことをしてしまうっていうことは、私たちはよくやっているんです、実は」
「凄くない人たちのこと、見下していたんですね、私。……そういうことですよね?」
「そう見えてきますか?」
「見えますよ。知らず私は偉そうにしてきたんじゃ無いかって。それと自分よりも凄い人にはダメな人間側としての対応をして極端に低姿勢とか卑屈な感じで対応してきたんじゃ無いかって。優劣だったんですよ、それは。職業や立場で何か意味のありそうなことをして活躍していないと、人としての価値が無いんじゃないかって、そう思って来ていたんですね、私。で、何もしていないままの自分では価値なんか無い……と」
「さらに見えて来たものがありますね」
「何かしようと思っても継続できないことが自分の問題だと、そう思ってきていたのも事実なんですけど、本当の問題はそれ以上だったんですね。私が何か始めようとそう思った時は、誰かの真似をし始めることからです。その職業に近付くために勉強するとか、自分の身の回りで知ったことを試してみるとか、ですね。」
「凄い人の、ですね?」
「そう、そうです。凄い人のやっていることや話すことに感動するのも本当なのですが、その人達にあなたにも出来るよっていわれた途端にスイッチが入るんです」
「期間限定のやる気、になりそうですね」
「その通り!」
「それで、繰り返していた、ということでしょうか?」
「褒められると弱いんだと思います。あなたにも出来るよって言われたり、凄い人にあなたも出来る、なれるって言われると、同じ凄い人になっていける気がして、嬉しかったんだと思います。とんでもない、私なんてって思いながらも、嬉しかったのだと思います。だからきっと私は本当は出来る人間のはずなんだけど、どうして続かないんだろう、凄い人にできるって言われたのに現実は出来てないままで、それはどうしてなんだろうって考えていたんです。あのようにはならない、なっていない、という自分ばかりを見てきました」
「そ、れは……目的ですね」
「目的?」
「目的が、凄い人になることになっていて、その職業を日々生きる人という目的にはなっていないということでしょうか」
「あぁ、早っ。言葉にしてしまうと一行二行ですね。きっついですー。それにしてもNANAさん、本当のことを言いますね。でも、わかりにくかったことが当り前のように、スッキリ見えて来ます。それも否定的な感じを受けません。だからこそ認めてしまいやすいのだと思います。本当にその職業自体に私は目を向けていなかった、ということです」
「見ていたのは、気にしていたのは、何かやってるように見えるその人、でしょうか」
「そうです。人です。今思うと、その人達がやって来ている活動内容そのものへの興味では無かったように思います。魅力を感じていないからこそ、勉強家では無いですし、与えられたテキストのみ覚えたら、その職業か出来るようになるとさえ思っていました。探求するつもりなんて無かったんです。だから、困ったこととか、テキストに無いようなことが起きた時にどう乗り越えていったのかという話を聞くほどに萎えていくんですよね。あぁ私には出来そうに無いなって思い始めるんです」
「本当に園子さんがやりたいこと、ではなかったのかもしれないですね」
「何かになれる、凄い方に行ける、そんな気がしていたのだと思います」
「そっかぁー、そうなんですね」
「だって、いい人で、優しい人で、凄い人になりたかったんですよね、私。他者の夢や願いには寛容でありたくて。すぐに応援する態勢で出来る出来るって、大丈夫よって肯定的な言葉を投げかけたり、こうするともっといいのではと声をかけることが多かったんです。でも、自分一人になる時間が増えると、自分の中にあったはずの未来への欲求が薄くなっていくのを感じていました。なかなかそうなると再度起動することが難しいんです。」
「他者には言うけれど、自分自身のことはありのままの姿でいることを許していなかった、ということですね」
「本当に、もう、そのままズバリです、NANAさんたら。自分のことには厳しいって言うか、このままじゃ価値が無いって思っていましたから。それで出会う人たちには『そのままでいいのよー』『もっと正直になっていいから』『好きなことをやりましょう』なんて言っていたんです。それはもう、自分が目の前で見てきたことの単なるコピペですね。本気じゃ無いです。どうして気が付かないままやってたんだろう?」
園子さんはため息をひとつ。目の前にあった冷めたお茶を一気飲みしていた。ゴクゴクと音が聞こえてくる。
そして大きく放った。
「あぁあーっつ。そうだったのかぁーっつ」
座ったまま両手を空中に思い切り伸ばすようにして、身体を広げるようにして、そう言った。
「こんな私に、何かへのこだわりっていうか、何か一生懸命になれることって、出来るんでしょうか?」
「ふふっ。園子さん、もうあるじゃないですか」
「え?」
「そうです。もうやってるんじゃ無いですか?」
「はっ? なんですって?」
「もう始まっているのではないですか? っていう意味です」
「もう?」
「もう誰か外にいる、凄そうに見える人にならなくていいんです。これまでとは違った方向を見始めている園子さんがいるのも本当のことなのではないですか?」
「自分のことをもっと知っていく、ということかなって今は思います。今はそれが辛いけど楽しいって言いますか、本当のことばっかり出てくるって言いますか。何も無いっていうことを感じることはありません、そう言えば。あのようになれない、あのようにならなくちゃ、っていうのも無いですね。私は凄くないけど、何かひとつずつもっと自分のことを見ていきたくなってきました」
「よかったですね」
「でも、知らないうちに、ただぼうっとしちゃいそうで怖いです」
「飽きるまで、そういうのもありだと思います。自分にとっての大切なこと、自分がそう思えるっていうことが行動の元になっていくでしょうから。もう無理して決めなくちゃいけないことでは無いんです。正しく生きる必要なんて無いんです。そもそもその正しさ自体が危ういのですから」
「ほうーっ。習慣を、身に付いた習慣をまずは少しずつでも洗い流すみたいな感じででいきたいですね。わかってはいても、やっちゃいそうです。正しいとか間違いとかって。」
「話が早いですね、園子さん。いざ練習ですね」
「もう、もう、充分過ぎるほどやってきたんですよ。もうお腹いっぱいです」
「これまでのはもう飽きたってことですね」
「あ、そっか。そうですね、飽きましたっ。はいっ」
それ以後、園子さんは自分の時間を増やすことにしたようだ。それまでは多くの他者と度々出会っていたが、他者の言動の影響を受けすぎないように今は遠ざかっていくことを選択して、自分の時間をどう過ごすのかということを考え、そして実行して練習を重ねているのだという。
「一人の時間を自分のために過ごすなんて、初めてみたいで、ソワソワしています。会わなくなった分、いい話を人に押しつけることも減りました。押し売りだったんですよー私は」
彼女はそう言って声を立てて笑っていた。
やがて見つかるはずだ。
園子さんにとっての自分だけの輝き、それは園子さんとの出会いの瞬間を静かに待っている。
キーワード 木星
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