第6話 飴を食べる赤ん坊

 とある日の志村さんのワークの日のことだった。

 もちろんだが「食べる」をテーマとした話は続いていた。


「石川県の金沢市にも有名な話があります。本当にあった話として伝わっている、地元でも多くの人が知っているお話です。またこの話に出てくる飴は有名です」


「あ、聞いたことがあります。詳しくは無いですが」


「この金沢の飴は砂糖が貴重で手に入らなかった時代に麦芽糖を使って作るという飴なんですよね。貧しかった時代に母乳の出ない人のために代わりになる栄養価の高い飴を作ったというお話があります」


 NANAは金沢に昔から伝わる子供を思う母の幽霊の話をし始めた。全国に似たような話が存在しているが、金沢の伝説に出てくる飴屋の飴を食べたことがあるので、より強く印象に残っているのだ。


 こんな話がある。

 ある日の晩、飴屋の戸を叩く人が居て、その女性が飴を買っていく、深夜に飴を買い続けていたことから飴屋は不審に思い、その女性の後を追う。すると人気の無い方へと進んで行ったが、とある墓地で女性はスッと消えてしまう。

 やがてどこからか赤ん坊の泣き声がする。すぐ側にあった寺に駆け込んで住職に状況を伝えると心当たりがあるということで、その場所を堀り起こすことになり、驚いたことに赤ん坊が発見される。母に抱かれるようにいた赤ん坊の手には飴が握られていた、という話だ。


 飴を買っていたお金は埋葬時に握らせておくもので、三途の川の渡し賃だったようで、墓の中にはその六文銭は無くなっていたという。飴代として払っていたのだろうと思われた。

 似たような話はあちらこちらにあるようで、日本国内だけでは無く中国にも飴が餅になって伝わっているものがあるようだ。おそらくは海を渡って日本にやって来た物語ということなのだろう。


 そんな話を志村さんは聞いて頷いていた。亡骸となっても子供を産み、そしてその子を残したまま先に旅立たねばならない母親の気持ちに共感しているようだった。


「助けが必要です。赤ちゃんの生命に関わる緊急状態ですね、それは」


「そうですね。誰かに知らせるという目的があったということでしょう。昔は母乳を飲ませてあげられない母親がせめて何かをという中で、飴で赤ちゃんが生き延びるということもあったと聞いたことがあります。この母親も誰かに早く気が付いて欲しいということで後を追わせたのでしょうか。ここでも食べる、食べさせるということが出てくるんですよね」


「本当ですね。母の乳を飲ませてやることが出来ない、抱きしめることもできない。そんな母の想いが胸にきゅうっと来ますね。そのお話は……」


「志村さん、そして、この世のものを食べたんですよね。この赤ちゃんは……」


「えっ?」


「この地上の、飴屋の飴を食べさせていた、ということですから、それは地上の食べ物ですよね。あの世の食べ物ではあの世の者になってしまうということでしょうか。地上に産み落とした我が子を地上に預けて確認し、その後は母である自分はこの世から去って行ったというお話ですよね」


「ええ、ええ。その後も現れていたとか、っていう話はありませんね。消えています」


「似たお話が各地にあるわけなのですが、わりと多く残っているのは、この赤ちゃん、大きくなってお坊さんになったというお話なんです。それは結局、母が行ってしまったあの世と、自分が育ったこの世との間の境目の仕事の世界へと進んでいったのかと……」


「まぁ、そうなんですね」


「母恋し、住む世界は違えども……最初からこの世だけだっていう世界観では無い稀有な状態で生まれ、そして地上で育っていくということになります。きっと、あの世というものが普通の子供よりも何倍もグッと近くになるでしょう」


「それは本人にとっても一生を左右するお話ですよ。それを、自分の出自を、幼い頃に聞かされたとしたなら……。私には到底考えられないですが、普通の人生には興味が湧かないのではないかと思います。ずっと母のことを思い、考える日々なのではないでしょうか……幽霊になってまで、飴を買い、自分を助けた母親なのですから」


「そういうお話は本当に多いですね。全く違うものとして母親がもともとこの世のものでは無かった、違う世界の存在だった、というお話もありますね」


「はい。それは、安倍晴明ですね。知られてしまったからにはもう一緒には居られない、ということで森に帰っていってしまって、お母さんに会えなくなるのですよ」


「そうですね。有名なお話です。さて、この世の飴を食べることでその赤ちゃんは生き延びたわけです。母親はこの赤ちゃんを一緒に向こう側へは連れていかなかったんですね」


「そうですね」


「食べる」ということを様々な角度から考察していくことが目的ですので、たくさん気になることも出て来ますが、それはまた別の機会にということで、あくまでも今回は「食べる」ということにフォーカスしていきましょう」


「はい。私は久しぶりに会った友人の何かの感情かその場にあった何かを食べてしまって具合を悪くしたようだ……、という自分の体験の話からの繋がりで『食べる』というテーマでお話が続いている状態です。大丈夫です。まだ迷子になってはいませんよ、NANAさん」


「はい。食べるにも色々な『食べる』があるんだね、ということにさらに出会っていきましょう」


「他にも? 他にもどのような食べる、が?」


 興味津々な志村さんにNANAは少し笑った。


「落ち着いてください。志村さん。食べる話はどこにも逃げていきませんから」


「ふふっ。NANAさんたら……。でも早く聞かせてくださいな、次のお話を」


「了解致しました。では次のお話へと進んでいきましょう」


 二人の間での「食べる」話、それは予定も想像もしてはいなかったが、結果的に数ヶ月続くことになるのだった。



「食べる」話は続いていく。


「私たちは、ずっと食べている、っていうの、本当だなって思うのと同時に、なんだか不思議です。また日常の中に持ち帰って色々なことを考えたり見つけたりしてこようと思います。今日もこれからご飯を作るわけです。夫や子供に腹を立てる自分がいるのでしょうか。わかってはいてもやっちゃうことばかりです。私はいったい何を食べさせようとしているのでしょうか……。あっ」


「いいテーマが今日も見つかりましたね。志村さんは一体何を食べさせようとしているのでしょうか」


「そこも考えてきます。料理じゃ無くて、ご飯じゃ無くて、私は別の何か……感情ですね。何かの感情を、自覚していないものを、食べさせようとしている、ということになります。はぁ……イヤなことに気が付いちゃいました。でも、見てきます、現場でののこと」


 1時間半ほどの時間が経過していた。そう言って志村さんが帰って行った後、NANAはこれまで見てきたいくつかの話を思い出していた。








 

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