第2話 旅する異界行脚

 「占い」と、ひと言で言っても本当に多くの種類がある。使う側からするとその占術を使う目的も違っている。


 最初の頃は「占い」を一番前に知らせていた、という時代がNANAにもあった。


 そして普通に「占星術鑑定」という看板を上げていて、やって来る人たちがそれを希望して予約してきたというのにも関わらず、不思議なものである。「占星術」や「タロット」を使って自分の悩みをストレートに解決することをさっさと進めていくことを望む人はいない、というのがほとんどである。


「あの、仕事運はどうでしょうか……」

「恋愛とか結婚は、いつ頃……出来そうですか?」

「それで、自分は(あなたの占星術から見て)どうですか?」


 これらはほんの入口でのご挨拶に過ぎない。人は遠回しに話をし始めて、本題にはなかなか到着したがらないのだ。それも当然のことと言えるだろう。相談といっても、その日初めて会ったどのような人物かもわからない人に、自分の人生についてや悩んでいることについての相談がスッと出てくるという方がおかしいだろう。


 けれど、残酷なのは時間制限が存在しているということだ。30分、60分という自分が選んだ時間内に答えやヒントを受け取らねばならない。だけど初めて顔を見たばかりの相手に最初っから話せない。どう話していいのかもわからない。そういうところから始まる。


 NANAはもうそういう場面をこれまで何万回と見てきた。


 NANAはいつも、何でもどこからでもお話しください、という姿勢だった。最初の話は導入なのだ。段々と近寄っていく本題へといかに早く到着するかは相談業をしている側の腕の見せ所でもある。30分内に、60分内に、この場に起きた出会いの物語は終了予定なのだから、とある結果という場所へと向い、終了させていく必要がある。


 相談に来る人というのは、自分に縁のある人であり、そういう人がやって来るものなのだと幾度となく聞いてきた。

 例えば占星術の出生図(ホロスコープ)の中にある7ハウスというところが、自分にとっての他者、環境ということを表わしているのだが、そこが何のサイン(星座)なのか、その支配星である天体はどこに配置されているのかということを見ていくことで、自分に縁のある例えば客層などを見ていくことも可能なのだとされている。


 ところが、そういうこと自体にはNANAはあまり興味が持てなかった。興味が湧くのは、実際に次から次へと続く目の前に現れる実際のご縁の方だった。


 というのも、NANAの所にやって来る人たちの多くには共通項があったのだ。流れ流れて、あるいは紹介で、占星術やタロットなど知らないのはもちろんのこと、NANAのことさえも知らないという人たちが、どこからかやって来るということが続いていたのである。


「結果的には、スケジュール表がスタートの時点から10年以上も埋ってたってことなんですよ」


 この仕事を始めて10年経過した際に、そう思ったNANAがいた。


「ご縁で繋がっているとしか思えません」


「きっとおそらくは、この先のスケジュールも」


 身体が丈夫では無いという理由から、仕事の量には限りを設けていた。そればかりを集中してやっていた同業やそれに近い人たちが倒れていくのを見てきていたのもあった。集中して量も多く仕事すればするほど心身を壊す人が多かったのだ。何の分野もその傾向があると思われるが、人を対象とする仕事は特にその影響が大きいようだった。治療系、セラピスト、占い師などの仕事を集中してやり過ぎる人は身体を壊すことが少なくないという現実を知って、徹底して集中しやすいという自分の性分から判断。最初から身体のあちらこちらが良くない状態で生きて来ていたNANAはセーブしながら仕事をすることにしていた。

 目的は、研究と生活の継続とである。それ以上はオマケと捉えていた。


 とは言え、身体の調子が良くないという症状や状態を外側に見せることはほぼ無い。仕事をしている時の集中力は心身がより活性化する気さえしていた。だからだろう。出会う人たちからは「ゆっくりのんびりたおやか営業」と呼ばれることもあった。どう見てもあくせくしているようには見えないし、何かに困っているようにも見えない。小さな頃から大切にされて苦労もしてない、柔らかな環境でぬくぬく育ってきたのではないかと、何度も聞かれたことがある。


「大切にされてきた人にはわからないと思いますが……」

「NANAさんにはきっとわからないことだと思いますが……」

「本当にあるんですよ。酷い現実って」


 その度にNANAは軽く笑った。


「ふふふっ。そう、ですか? そう、見えますか。ふふふっ」


「ええ。羨ましいです。NANAさんが」


「あら、まぁ」


 自身の本当のことを説明することも無かった。どう見られることがあっても、そのままにしておくのがNANA流だった。当然だが相談者の欲しがっている答えやヒントが必要な瞬間である。NANAのことは関係が無いのだ。


 ところがこの日はいつもとは少し違っていた。


「普通は食べないものを食べたり……」


「えっ? それは?」


 椅子に座っていた本日の予約の方がそう言った。


「いえいえ、その人が住む世界は、その人が何を食べているかで決まってしまうところがあるのです」


「今日もまた、聞き捨てならない話をなさいますね。あぁぁ、聴ききたい聴きたい・どうぞお聴かせくださいませ」


「まぁ、焦らずとも。ゆっくり進めて参りましょう」



 相談内容も恋愛、結婚、学業、事業というようなスタンダードなものは全体の数から見ると少ない。多いのは、自分という存在についてや居場所についての悩み、通常の社会常識の範疇だと答えの出にくい精神的なものや不思議現象についてが多かった。 相談者にも傾向があった。


「精神的なものや不思議現象」というのはどういうことなのか? 


 NANAの日常に起きている物語を知ることが一番早いだろう。日常的に起きているそれら現象において厳格なたったひとつの理由というものを求めることは、自分自身を悩ませることになるだろうことを先にお伝えしておこう。


 NANAのもとに様々な物語を聞きたくて尋ねてくる人もいるのだ。相談では無く話を聴くことを目的としているということである。物語とその中に発見していく意味というものを求めて居る人たちもいる。自分の経験では無い物語を聴き、想像する中で、疑似体験していくのだ。ここではさらに「発見」や「気付き」ということを起こしていく。そんなワークの現場としてNANAの所に通い続けている人たちは少なくない。


 その方々には決して「たった一つの理由」や「たった一つの答え」というものを求めないこと、たくさんの可能性というものが存在しているのだということを前提にしていく意識の練習であることを毎回最初にお話をするところから始めていた。


 この日も情報ではなく体験を求めている人がNANAの所へ来ていた。話をしながら、聞きながら、自分の中にあるとある感情の動きと出会っていくのだ。それは外側にある話との出会いによって共鳴し、増幅されていく感情体験となる。それは無自覚な自身の内側に存在している感情の解放と浄化へと繋がっていく。


「もちろん、これは、名前も場所も職業も、時には内容もそのままではありません。お話させていただく上で書き換えております」


 ごくりと唾を飲む音が聞こえた。


「は、はい。よろしくお願いします」


 この場所でNANAの助手をしているKが二人分のお茶を用意して、そっとテーブルに置いて別室へと消えていく。


「ありがとうございます。いただきます」


「それでは、ご自身に最近あった出来事や気になったことなど、何でもいいので、思い出したことをお話ししてください。そこから始めましょう」


 部屋のライトを一段階落とした。

 物語は始まる。










 

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