天才博士とおとぼけ助手の実験記録 ~対G作戦~

よし ひろし

対G作戦

「夏だ! 星奈せなくん。右を向いても左を向いても、上も下も、本格的な夏がやってきたぞぉ!」

 白衣姿の男が両手を大きく開きながら高らかに叫んだ。

「はぁ、そうですねぇ。でもぉ、博士ぇ、今年は梅雨の間からぁ、暑くて、とっくに夏が来ていた気がしますけどぉ?」

 こちらも白衣姿の女性が、少し間延びしたような口調で返す。


 男は芥川龍虎あくたがわ りゅうこ。様々なオーバーテクノロジーの研究をしている自称天才博士だ。白髪交じりの髪をしているが、まだ三十六歳。独身、彼女は募集はしてないが、とても欲しいと思っている。

 女はその助手で、楠木星奈くすのき せな。二十歳。工学系の大学に通いながら、芥川の助手のバイトをしている。彼氏はいないが、男友達は多い。


「いやいやいや、星奈くん、やはり学生が夏休みに入る頃、大暑の時期が来てこそ、本格的な夏が来たぁ~、というものなのだよ!」

「そんなものですかねぇ…。確かにぃ、わたしも大学が夏休みに入ったのでぇ、夏だなぁ~、とは思いますけどねぇ。それでぇ、夏が来たから、何なんですかぁ?」

 星奈が小首をかしげて尋ねる。こうして話を誘導しないと、芥川がいつまでも夏についての無駄話を続けることを彼女は知っていた。


「ふふふ、夏といえば、奴の季節だろ?」

「奴? 誰です、TUBEとかサザンですかぁ?」

「何を言っている。夏といえばミセスだろ。夏が合図をするんだぞ――いや、そういうことじゃない! 奴だよ、奴」

「ああ、稲川淳二ですね」

「そうそう、夏の怪談には欠かせない――違ぁうっ!奴だって、ほら、黒くて、あのテカテカした――」

「ああ、松崎しげるですかぁ」

「そう、いつも黒くて、愛のメモ――違う! ほら、Gだよ。黒いG!」

「わっかりましたぁ、博士! ガンダムMk-IIですね。黒いガンダム!」

「そうだな、うん、ティターンズ・カラーのMk-IIは中々カッコいい――違う! ……星奈くん、君、わざとやってないか?」

「ええっ、違いますよぉ。博士の言いたい黒いのがぁ、ゴキブ――」

「言うな、星奈くん! その名称も聞きたくない!」

 芥川が星奈の口元を抑えるように手を伸ばす。が、直接触れたりはしない。異性方面にはトンと奥手な芥川は、助手とはいえ女性に気安く触れることなどできないのだ。

「はぁ、そんなに嫌いなんですかぁ、博士、ゴキ――いえ、その黒い奴がぁ?」

「当然だろう、星奈くん。あいつを、Gを嫌いじゃない奴など、この世にいるはずないじゃないか!」

 唾を飛ばすほどの勢いで叫ぶ芥川。その様子を見た星奈は、少し不思議そうな顔をして答えた。

「そうですかぁ。わたしは、別にぃ、なんとも思いませんけどぉ」

 この答えを聞いた途端に、芥川のこわもてな顔に驚愕が広がった。


「ば、バカな! 星奈くん、君はあのGを、なんとも思わないというのか!!」


「そうですねぇ…、ただの虫って感じぃ?」

「うっ――」

 芥川が目前の助手を信じられないものを見るような目で睨みつける。


「博士ぇ、顔、怖いですよぉ。元々、怖い顔なんですからぁ、眉間にしわを寄せてぇ、睨んだりしないでください。悪夢を見そうですよぉ」

 心からいやそうな顔をして言う星奈を見て、芥川は少し心を痛めた。自分の顔がいかついことは自覚していたが、見慣れているはずの助手に言われるとさすがに傷つく。

 しゅんとなる芥川。それを見て、星奈は、

「それでぇ、そのGが、どうしたんですかぁ?」

 また、いい具合に話を進める。


「お、おお、そうだ。本題はここからだった。――これを見てくれ」

 そう言って芥川が、あるものを取り出した。

「ゴキ――Gホイホイですねぇ。それが、どうしたんですかぁ?」

 芥川が手にしていたのは、ゴキブリを誘導して中の粘着剤で捕獲する、あれだった。ただし、グレー一色でカラフルな印刷などなく、材質も紙ではなさそうだ。


「ふっふっふっ、これは私が、長年の研究の末に開発した究極の対G装置、“G滅くん”だぁ!」

 手にしたモノを掲げながら、芥川が高らかに宣言する。


「G滅くん、ですか…。見たところ、市販のものと変わらないようですがぁ?」

「確かに外見はそうであろう。Gを誘導し、粘着剤で捕獲するところも普通のものと変わらぬ。――ところで、星奈くん、この手の捕獲器の最大の欠点を知っているか?」

「いえ、考えたこと、ありませんからぁ」

「そうか。では、教えよう。それは、最後の廃棄する時どうしてもGの姿が目に入ってしまうということだ。私はちらりとも目にしたくないのだ。それに、捕獲された状態で、長くそこにあるというのもいただけない。あそこに仕掛けた罠に、もしかしてGがかかっているかも、と想像するだけで背筋がぞわぞわしてしまう」

 怖い顔を本当に嫌そうにしかめる芥川。だがその嫌悪感は、星奈には伝わっていないようだった。

「そんなもんですかねぇ。たまに覗いてみて、いっぱい捕まってるとぉ、嬉しくないですかぁ?」

「うげっ、そんなバカな。Gがいっぱいで、嬉しいだと――信じられん!」

「捕まっているんだから、いいことですよねぇ。そう思いますけど…、まあいいです。それでぇ、何が違うんです、その装置、普通のとぉ?」


「おお、よくぞ聞いてくれた。これはな――」

 芥川がG滅くんを星奈の目の前に差し出して、中の部分を指さす。

「ここに捕らえられたGを、天井部分に設置された特殊なビーム装置によって、分子レベルまで分解、消滅させるのだ。凄いだろ、ぬぁはっはっはっ!」

 自慢げに胸を張り高笑いをする芥川。きっと星奈に褒めて欲しかったのだろうが、

「はぁ、そうなんですか……」

 反応は今ひとつ悪かった。

「うむ、何かね、星奈くん。気に入らないことでもあるのかね?」

「そうですねぇ…。あのぉ、博士、この装置、もう使用してるんですかぁ?」

「ん? ああ、テストとして、調理室の方に一つ置いてあるが。今のところ、何の問題もなく作用している」

「そうですかぁ……」

 星奈はそこで少し考えた後、


「博士、済みませんけど、わたし、夏の間、バイトを、お休みさせてもらっていいですかぁ?」


 唐突にそんなことを言い出した。これにはさすがに芥川も驚く。


「な、なぜだ! どこか旅行でも行くのか? それとも、その、か、彼氏が出来た、とか、その――」

「いえいえ、まぁ、田舎には、帰りたいんでぇ、お盆休みはもらいますけどぉ…」

「じゃあなぜ、夏の間休みたいなんて――」


「だってぇ、G滅くんで分解されたぁ、ゴキ――Gの成分って、そのまま外にぃ、放出されるんですよねぇ、その形状だと。ってことは、研究所の室内にぃ、Gの成分が混じるってことでぇ、見たり触ったりは、なんともないですけどぉ、体内に取り込むのは、ちょっと――分子レベルにぃ、分解してても、やっぱ、嫌だなぁって?」

 おっとりとしたしゃべり方だが、その内容は中々鋭い星奈。それを聞き、芥川は、


「あ――……」


 ただ絶句した。



 その後、G滅くんの配備計画は白紙となった。


 おしまい

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