第60話 【T-SQUARE/ BAD MOON】9月8日 ライブ!!


 * * * *


この2回のライブ回は、この話のために編集した動画をBGMに、物語を読むという、初めての試みになります。

少々読みにくいですが、ご容赦ください。


小説にあるタイムコードと動画のタイムコードが同期しながら、物語が進みます。

もしよろしければ、動画を聴きながらお楽しみください。


なお、動画は限定リンク、かつ広告収入は無い設定にしています。この小説をご存知の方だけがご覧になれます。

https://youtu.be/7tee1CjgmLY


(下記本文の < >内は、↑動画内のタイムコード)


—————————



》吹奏楽祭 矢作北高校吹奏楽部

“BAD MOON〜ハイカラミックス・モダン”


<0:00>


ドラムのフィル!


『パッパッパパッパ!!』




 * * メンバー紹介 * *


・アルトサックス 柵木結愛

 矢北のエース 燃えるオーラを纏う


・ドラムス 柳沢悠

 言葉はストレート 料理手芸得意


・エレキベース 牧野秀士

 情熱寡黙ベーシスト 前髪で瞳が見えない


《スカ・バッキング(ブラスセクションの伴奏)》

・トランペット 椎名美音

 超絶ハイトーン爆裂お嬢

・トランペット 富田朱里

 矢北のお祭り隊長

・トロンボーン 岩月大翔

 家族思いインテリ

・テナーサックス 武田真司

 ガチムチ英語かぶれ

・バリトンサックス 辻瑠奈

 ちみっこアホ毛アンテナ


《コード・バッキング(跳ねるような和音の伴奏)》

 有純・水葉ほか(クラリネットセクション)

 祖父江孝弘(マリンバ)

 

《ロングトーン・バッキング(途中から出てくる長い音の伴奏)》

 奏ほか(ホルンセクション)

 水都ほか(フルートセクション)

 愛菜ほか(ダブルリードセクション)


↓合奏体型

https://45034.mitemin.net/i1053770/


 * * * *





「「!!?」」


 たちまち惹き込まれる、客席。


(何だ!?)

(ライブ?)

(吹奏楽なのに!?)


 それまでのおしゃべりの続きが気になっていた小中学生も、その音圧と、揃った音の粒に意識を奪われる。


「え……」


 中央に座る三人組、千尋ちーの口から思わず、“さっきの学校と全然違う”という一文字が、漏れる。

 

 春から基礎練で鍛え上げられた縦のライン。

 シャープな音でピシャリと揃う、クラリネットセクションに……


 スカ・バッキング隊がバリバリな音で加わる!


 太い音で歌い上げるバリサクバリトンサックスとテナーの上に、美音の超高校級のハイトーンが炸裂!


<0:30>


 アルトサックス、開演!

 姿勢は真っ直ぐ、でもなサウンドで、結愛がうたい始める。


 スポットライトが当たり、キラキラと光るアルトサックス。

 それはこのステージの王者であるかのように、マイク無しでホールの奥まで音を響かせる。


 キレのあるタンギング。

 ブレのないフレージング。


 サウンドのあまりの吸引力に、多くの観客の口が空いたまま戻らない。


 サックスのピッチベンドダウンが要所要所で音に花を添え———


 執拗な十六分音符を正確に叩き上げる!


<0:47>


「先生……矢北、こんなこともできたんですか?」


 客席奥、演奏を終えた安城ヶ丘女子の一団。

 その中で、部長の玲奈が呟く。

 それに対して、顧問の火野は返事もできずに、ステージを見ながら顎を引く。


 今まで『さくらのうた』と、『アルメニアン・ダンス』しか、安城ヶ丘女子は矢北の演奏を見たことがない。

 それなのに、こんな型破りな矢北の吹奏楽を目の当たりにしている。


 ———これが、ハデ北の真の姿、しかも序章とは、知らずに。


「……。」


 ライトの陰になり目立たずに指揮を振っている陽を見て……火野は、目を細める。


 ……陽は拍を無視し、リズムに乗らず演奏の流れを優先して、ホルン・フルートたちに合図を出す!


<1:14>


 ロングトーンセッションが加わる!


 一気に空気が変わる。

 舞台全体を包むような“支えの音”が加わる。


 ひと筋もふた筋も、見えない光線が観客の胸をような感覚。


 ホルンの低音、フルート・ピッコロの高音が重なり、ダブルリードの深い響きが曲全体に厚みを作る!

 スカ・バッキングの五人は笑いながらタイミング良く音を鳴らし、曲にアクセントを加える!


 そして結愛の音が、ホールの宙を舞う。


「“サックスの、サックスによる、サックスのための吹奏楽”……だな。」


 大佐渡がボソリと言うのを、樫本が聞く。


 まさにその言葉を体現するように、結愛が吹き鳴らす。


 ———結愛に対する、絶対の信頼。


 テクニカルなドラムスに。

 ロングトーンセッションが厚みを持たせ。

 スカ・セッションがギミックを演じ。

 そして、結愛が超絶技巧で吹い上げる。


 観客の多くは、それが高校生だということを忘れている。


 細かい描写。

 ピシャリと揃え、


『パッパッパパッ パッパ!!』


<1:42>


 ソロを終えた結愛は中央から左手に下がり、バトンタッチするように、ヒデシーがエレキベースのストリングを激しくタップさせながら、ステージ中央に移動してくる!


 ドラムスエレキベースヒデシーのセッション!


 悠は叩きながら笑みを浮かべ、ヒデシーをチラリと見る。


(おい、やるぞ! やっぱお前スゲェな!)

(…………。(当然!))


 二人は電流でつながっているように動きがリンクする。

 右腕を振り上げたり、前髪を激しく揺らしたりしながらヒデシーのエレキベースが超絶タッピングで爆ぜる!



 一方、中央を譲った結愛は、左手のスカ・バッキングの五人に混ざる。


『パーパッ!』


 六人になったスカ・バッキングがポーズを決めながら「合いの手」を吹く!

 六人の動きとサウンドが、中央の二人を引き立てる!


 目の前で、ワイドに演出されたその情景に———中学生三人組は、完全に取り込まれる。


「かっこいい、です……。」


 ページをめくったままの手から、しおゴンの文庫本がこぼれ落ちる。


<1:58>


 陽が———指揮台を、左に駆け降りる!


「!?」


 観客が驚くのも束の間———陽は、スカ・バッキングの隊に混ざる!


(え、何をして……!?)


『パーパッ!』


 続ける、スカ・バッキングの合いの手!

 フレーズごとにポーズを決める、『七人』!


 その動きはどこか、コミカルにも見える。


「キュートンかよ!」

「おとーさん、今、◯ニュー特戦隊、やった!」


 ポーズをとるごとに、笑いのあるザワつきで盛り上がる客席。

 中央の二人を盛り上げる演出に、自然と拍手が起こる。


 それを見て、「はっはっ」と笑う顧問のアンドー。

 隣の大佐渡は指を差して爆笑しながら、樫本に何かを言っている。


<2:11>


 次々と起こる仕掛けの中、

 結愛が再びステージ中央に向かい、ヒデシーとチェンジ!


 肩幅に足を広げると、“主役”のオーラを再び纏う。


 結愛のアドリブ・オンステージ!


 激しい彼女のソロに合わせて、踊るスカの五人。

 腕を右、左と交互に上げて、ダンス!


「これは……あれだ! ラッツ&スターの『め組のひと』!」


 河合父がダンスを見て突っ込む。

 大きな声だったが、河合母も注意を忘れる。

 視線は釘付けのままだ。


 陽も、指揮台で同じようにリンクして踊る!


<2:28>


 転調!

 さらに一段、音楽が上がる!


 結愛のグリッサンド!

 ベンドアップ!

 ベンドダウン!

 ハーフタンギング!

 フラジオ!


 本気モードの指使いで奏でられるフレーズが、ホールに響き渡る!


 思わず、「ウハハ!」と大佐渡から声が出る。


「おい、おかしいだろ! え? あの子、ウチに欲しいな! ハハハ!」


 指差す大佐渡の言葉に、樫本はニヤリと嬉しそうに笑う。


<2:49>


 さらにそこに、再びロングトーン部隊が加わる!

 左右にも上下にも、矢北のサウンドがホール一面に共鳴する!


「……ロクさん! お孫さん、すごいね!」


 ロクさんに付き添いで来た、デイケアスタッフの女性が、膝を屈ませながらロクさんに語りかける。


 ロクさんは大きな目を開き瞳を輝かせたまま、ニコッとする。

 隣のもう一人のおじいさんも、この難しい曲調に合わせ、演歌のような手拍子を一人叩いている。


「え、ロクさん、お孫さんなの?」

「ね、あれ、ロクさんのお孫さんって!」

「へえ!」

「い〜わね〜」


 魅了されている観客席の中、身体障害者スペースの一角だけが、ほのぼのとザワつき始める。

 ロクさんは真っ直ぐ、ステージを見つめる。


<3:07>


 曲の中間部になり、全体のトーンが変わると、スカから一人飛び出す!

 テナーサックス、真司。


 原曲のギターパートを一人、ソロで歌い上げる。


 激しくバリバリと鳴らすテナー。

 その暴れる存在感に、観客の誰かがボソリと言う。


「……つーか、チェッカーズのあれだな、サックス。」


(でも、合ってる。音色、変えてきたね。」

(この人、音変えられる。上手い。)


 千尋と椋が小さく話し合う。


(ベースと、こんなに細かい十六分音符のユニゾン合わせてる。)

(……化け物?)

(ベースの先輩、カッコいい……。)


 執拗な十六分音符の連続!

 ステージの真司から溢れる、挑戦的な笑み。

 ヒデシーも、見えないはずの前髪の奥から受け応える。

 呼応するように、ステージの左右から、二人はお互いを見ながら演奏する!


 指揮台の陽が———両腕をバッと左右に開く!


<3:22>


 複雑な三連符!


 一回目、ステージのライトが点灯!


 二回目、今まで影を潜めていた金管全員が!


 三回目で、木管全員が加わる!


 四回目、

 五回目、

 六回目の三連符!


 <3:29>


 全員がゆっくりとベルアップ(楽器を上に上げていく)!


 それまでの陰が明転し、対比でステージの楽器一つ一つが輝く!


 ザ・オール矢北!

 全員が思い思いに揺れながら。

 全員が主役として。

 全員が結愛を支え。

 それぞれが笑みと共に視線を合わせながら、厚い音が編み上がっていく。


 その中央で結愛が放つ光は、天頂に登る龍のように、矢北の音を高みに上げていく。



 ———ふと、結愛は……5月にシエラとの合同演習の後、ホール横の廊下の情景を思い出す。


“さっきの指揮と演奏を聴いて……悔し、くて。”


 震える声に対して、差し伸べられた、陽の助けの手。


“たくさんの方に喜んでもらえる演奏、僕もずっと目指していますし、柵木先輩なら、絶対にできると思います———“


“……ハッキリ言って、難しいですよ? でもきっと、表現の幅はグッと広がります。そして、柵木先輩なら、やってのけると思います。必ず。いつか、それも文化祭とかで、お爺さんの前で演奏できたらいいですね———“


 結愛は演奏しながら、一瞬、瞳を閉じる。


(……石上くん、ありがとう。私、あなたが描いた可能性まで、届いているかしら?)


 客席を向く結愛に対して、背中合わせに指揮を振る、陽。


(もちろん、それ以上です!)



<3:58>


 観客のほとんどが、そのサウンドに揺れたり、前のめりになったり、頭で拍を刻んでいる。


「また、だ……。」


 火野が呟く。


(ステージと客席の境界が、無くなっている……。)


 客席の後方から、左右を見渡す。

 後ろを振り返っても、わずか数列しか無い後方の席なのに、そこにいる観客が一人残らず揺れている。


(ただ、上手いわけじゃない。観る側が、観るという立場を超えて、音楽の中に入っている。この引き上げる“技術”は、どうやったらこんな……。)


 個の技術と“情熱”。

 連動力と“相互信頼”。

 観客の想いを尊び、“共に喜ぶ”。


 東海大会より一段上がった矢北の演奏が、“愛情”によって空間の中すべてと繋がり合い———


 フィニッシュを迎える!


<4:38>


 ピシャリと合う、連続十六分音符!

 全員のベルアップ!


『ドッパッ! ドッドパッ! ドッドパッ! ドッパッ!!』 


 バッ! と、両腕を高く広げる結愛。


 背中合わせに一段高く両腕を広げる、陽。


 一瞬の静寂。

 

 「結愛ゆーちゃん……。」


 「翼が……。」


  ステージのライトに照らされ———結愛は天使のように神々しく光っていた。



 そして……


 結愛がそのまま、『ハイカラ・ミックスモダン』の前奏を吹き始める———


<4:47>




 * * * *


〜後半へ続く!

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る