第6話 イチョウ並木と黄色い声

 瑠奈の道案内で住宅地を歩いていき、ようやくスタジアムのある山形県総合運動公園に辿り着いた。

 公園に入っていくと、すぐ目の前に鮮やかな黄色いイチョウがずらっと並んでいる。


「うわぁ、凄ぇ・・・・・・!」


 息を呑む光景に、俺たちは思わず足を止めていた。並木に沿って続く歩道も黄色い絨毯に染まり、一足早い秋を実感できる。


「とても綺麗だよね。奥の方には噴水とかジェラートのお店とかもあって、サッカーにハマる前からよく遊びに来てたんだ」

「そうだったんだ。ゆっくり紅葉狩りも良さそうだな」


 小さい頃から都会暮らしだった俺は、自然に囲まれた場所で遊ぶことなんてほぼなかった。こういうところで遊びたかったし、デートスポットにも良さそうだ。


 イチョウの写真を撮りながら、その背景に映える瑠奈の姿にも見惚れていると、白と青の縦縞模様のユニフォームを着た人達が次々と横を通っていく。俺達をカップルだと思っているのか、チラチラとこちらを見ていく人達もいる。少し恥ずかしくなって、この場を切り上げることにした。


「試合始まっちゃうし、もう行こうか」

「そうだね。何だか余計楽しみになってきた!応援頑張ろっと!」


 イモ天からだいぶ歩いてきたけど、彼女は張り切って足取り軽く向かっていった。




 イチョウ並木を進んだ先に、試合が開催されるNDソフトスタジアム山形があった。

 チケットに書かれたバックスタンド側の入場口を通ると、もうすぐ試合開始なのもあって、場内は既に熱気に包まれていた。


 中段付近に空席を見つけて座りフィールドを見下ろすと、ちょうど両チームの選手が入場してくるところだった。

 俺たちの座る席に向かって右手のスタンド先には大きな旗や垂れ幕が掲げられ、多くのサポーターが手拍子とともに応援テーマを歌っている。

 地方だから大人しく観戦している人が多いと勝手に思っていたけど、想像以上の勢いに圧倒されてしまった。


 対する左手の応援スタンド側からも、負けじとアウェーチームのサポーターが声援を送っている。その上にあるスクリーンに両チームのスタメンが表示されるが、俺の知る選手は誰ひとりいなかった。


「小鳥谷選手、スタメンじゃないのか」


 俺が呟くと、瑠奈も残念そうに同意する。


「そうなんだよね。昨シーズンは終盤に怪我しちゃったし、今シーズンは若手中心のオーダーが多くて、途中からの機会が多いみたい」

「話聞く感じだと、けっこうベテランなんだろ?フルで試合に出続けるのも大変そうだよな」

「でも、たっくんファンは私だけじゃなくて沢山いるから、きっと出場してくれるって信じてるよ」

「それまで、試合の動向を見守ろうか」


 そうだね、と瑠奈は大きく頷く。俺は何も知らないにわかのサポーターだけど、一時でも彼女と同じ想いを乗せられたらと思う。




 キックオフのホイッスルが鳴り響き、試合が始まった。個人的にはサッカーの知識はなくても、ボールの行方を目で追うだけで十分楽しい。一方、瑠奈は大人しく観戦するかと思いきや、ピッチに向かって、


「いけいけ!」

「ナイスカット!」

「うわっ、惜しい!」


 これまでの生活で我慢していたものを発散させるかのような、思い切った声援を響かせる。体育祭のときもクラスの応援を仕切っていたけど、ここまで白熱して叫んでいるのを見るのは初めてかもしれない。

 

 すると、前半が終盤に差し掛かった頃だろうか、夢中になるがあまり隣に座っていた女性に瑠奈はぶつかってしまった。


「あっ、ゴメンなさい!!」


 彼女が咄嗟に謝ると、女性は笑顔で答える。


「いえいえ、大丈夫ですよ」

「もう少し大人しく観てますね・・・・・・」

「気を遣わなくていいんですよ。皆さんが応援している様子を眺めるのも、私たちは楽しんでいますので」

「そうですか、ありがとうございます・・・・・・」


 女性はおおらかな雰囲気で返事をしてくれたが、瑠奈は気を遣ってか、それ以降は手拍子中心の応援へと変えて試合を観ていた。

 ぱっと見たところ、瑠奈の隣に座る女性は歳は60台前半くらいだろうか。気持ちに余裕がある。その隣に座る同い年くらいの男性にも「お父さん」と呼んでいたので、その男性は旦那さんだろうと容易に推測できた。


「今日は出なさそうか?」

「まだ後半があるからわからないよ。しばらく待ったら、きっとたっくん出てくると思うよ」


 たっくん、というワードに瑠奈のレーダーが察知し、彼女はピッチから目を逸らして隣の夫婦に問いかけた。


「あの、お二人はたっくんのファンですか?」

「えっ?まあ、そうですね」

「実は私もなんです!試合見に来るの久しぶりで、こういうの手作りして持ってきたんですよ」


 さっき二人で作った団扇を瑠奈は見せると、女性は目を見開いて感銘を受けているようだった。

 

「まあ、凄い!本当にお好きなんですね!私たちなんて、名前が書かれたタオルしか持ってきてないですよ」

「私は好きで作っているので、タオルでも十分ですよ。これから出てくるといいですね」

「はい。見たらきっと喜ぶと思います」


 瑠奈が女性と会話を弾ませている間も俺は動向を見守ったが、なかなか決定打が出ず0-0で前半を終えた。


 


 ハーフタイムに入ると、陽が傾いてきて少し肌寒くなってきた。やはり、この時期は関東での服装そのままで、東北地方に遅い時間まで過ごす訳にはいかないみたいだ。さっき寄った100均でカイロとか買っておけばよかった。

 手を擦り合わせたりしていると、その様子を気にした女性が声をかけてくれた。


「よかったら、ブランケットお貸ししますよ」

「えっ、そんな申し訳ないです!お二人も寒いのでは?」

「私たちはお父さんと一緒に一枚を使うので大丈夫です。できれば二枚渡せたらと思ったんですけど、ゴメンなさいね」

「いえいえ、とんでもないです。ありがとうございます!」


 二人で礼をしてやや大きめのブランケットを有り難く受け取り、一緒に膝にかける。すると、耳元で瑠奈がささやいた。


「隣がいい人たちでよかったね」

「ああ。地元の人たちの人情も暖かいな」


 瑠奈は笑顔で温かいペットボトルのお茶をひと口含み、ほっと暖を取る。だけど、隣の夫婦も膝にブランケットをかけているので、二組が同じ様子で横並びに座るのはなんだか恥ずかしい。この様子をテレビ中継やネット配信で映されてないといいな・・・・・・



 嬉しさ半分恥ずかしさ半分の気分で後半が始まり、15分が経過した頃だった。


「あっ、ついに出てきたよ!」


 瑠奈が指差す先に交代ボードが掲示され、小鳥谷拓海がスタンバイを始めていた。そしてFWの若手選手と入れ替わり、彼はピッチへと駆けていった。



 いよいよ、真打の登場だ。

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