天童編7 急がば回れ
『・・・・・・に代わりまして、背番号12、小鳥谷拓海が入ります!』
アナウンスを受けて、場内は「うぉぉぉ!」と今日一番の盛り上がりを見せる。瑠奈も手拍子するのを忘れて再び、
「たっくーん!頑張れー!」
と今まで以上の声量で叫ぶと、さっき一緒に作った団扇を大きく掲げた。
瑠奈の隣で大人しく観戦していた夫婦もタオルを掲げ、ピッチに声援を送った。旦那さんらしき男性は弱々しくも、座りながら必死に声を出していた。
「拓海ぃー、負けんなよー!!」
あれ?そういえばさっきの奥さんと思われる女性は、小鳥谷選手のことを『たっくん』って呼んでなかったっけ?
交代して早々、モンテディオのMFから放たれたシュートがわずかに外れ、「うわぁ、大チャンスだったのに!」と瑠奈は頭を抱える。そのタイミングで彼女を呼び止めて聞いてみた。
「瑠奈。小鳥谷選手って、沢山あだ名あるのか?」
「私は『たっくん』で呼んでるけど、『こずやん』とか『たくみん』とか、名前だけで呼んでる人もいるよ」
「そんなに沢山の呼び方あるのか」
「それだけファンから親しまれてるってことだよ。どうかしたの?」
「いや、何でもない」
実況だって選手のことを呼び捨てにするし、ファンが苗字または名前だけで呼ぶのは変なことではない。単に、俺が気にし過ぎなだけか。
小鳥谷選手が加勢してからはモンテディオ優勢で試合が進むも、両チームなかなか決定打が決まらず、0-0の膠着状態が続く。
このままスコアレスドローで終わってしまう、かと思いかけた後半41分だった。
相手チームがスローインしたボールをモンテディオのFWがうまくカットし、相手のエンドへと攻め込んでいく。
「あっ、チャンス!」
左コーナー側から次第に近づいていき、 ゴール近くに回り込んだ小鳥谷選手のところへ、ボールがパスされた。
「いけぇぇーー!!!」
瑠奈の願いとともに彼の右足から放たれたシュートが、ゴールネットへと鮮やかに吸い込まれていった。
「やったぁぁぁー!!」
大歓声とともに、俺たちはハイタッチを交わした。興奮した勢いで、瑠奈は隣の女性ともハグをして喜びを爆発させる。
その後のロスタイムも無事に守り抜き、1-0で試合終了のホイッスルが鳴り響いた。
「よっしゃ、勝ったー!!」
スタジアムが歓喜に包まれ、俺は拍手で勝利を称える。すると、瑠奈は感極まって、吹っ切れたように涙をこぼした。
「たっくんが、試合決めてくれた・・・・・・!こんなに活躍できたの、何試合ぶりだろう・・・・・・」
「怪我とかに悩まされてた、って言ってたもんな」
「うん。一部ファンの間では今シーズンで現役引退とか、戦力外の噂も囁かれていたの・・・・・・あと何年プレー続けられるか分からないのも事実だし、ずっと心配だった。でも、まだまだ活躍できるってことを自ら証明してたし、その様子もこの目に焼き付けられて本当によかった・・・・・・」
タオルで涙を拭う彼女の背中を、俺は優しくさすった。いい試合を一緒に観戦できて、本当によかった。
すぐに帰り始める観客もいる中、選手たちはサポーターへの挨拶で場内をゆっくり歩いて周ってきた。小鳥谷選手は手を振ったりお辞儀をしている。
「ほら、挨拶に来たよ。瑠奈も気持ちを届けてあげなよ」
彼女はうん、と頷いて微笑む。そして、再び団扇を大きく掲げると、目を輝かせてピッチに叫んだ。
「たっくん、ありがとうー!!最高だったー!!」
瑠奈が団扇を掲げると、小鳥谷選手はこちらに気づいて指をさし、大きく手を振って応えた。
「ファンサービスも欠かさないなんて、凄い人だな」
去っていく彼の後ろ姿を見届け、俺は夕空を仰いだ。
「連れてきてくれてありがとう。最高の一日だった」
選手たちがベンチ奥へと引き下がり、遅くまで残っていたサポーターたちも徐々に帰り始めている。団扇をカバンへしまいながら、瑠奈がお礼を言ってくれた。
「そう言ってもらえてよかった。でも、応援で疲れてない?」
「ううん、むしろリフレッシュできたよ。たっくんから勇気を貰えたし、これで明日からも頑張れそう」
俺も新しい瑠奈の一面を知って一緒に過ごし、デート気分でいい気分転換になった。よし、帰ろう。
最寄り駅からの帰りの電車を調べるために、乗換案内のアプリを開く。
すると、そこで思わぬ情報が目に飛び込んできた。
「えっ、運転見合わせ!?」
どうやら福島〜米沢間で倒木があった影響で、山形新幹線は運転を見合わせているらしい。この地域の普通列車は新幹線と同じ線路で走っていたし、その煽りを受けて山形方面の奥羽本線も遅れているかもしれない。
そのことを瑠奈に伝えると、清々しい表情から一転して青ざめた顔になる。
「嘘!?私、22時までに家に帰らないといけないのに・・・・・・」
「瑠奈の家、門限あるのか?」
「うん。遅くまで出歩いてたら危ないからって。でも、このままじゃ遠出してるのバレて、親にひどく怒られちゃう。どうしよう・・・・・・」
瑠奈はうろたえて助けを求めてくる。俺だって何とかしてあげたいが、最寄り駅から乗らなければ動きようがない。
とりあえず、先ほど乗ってきた天童南駅に向かおうとしたところ、
「あの、どうかしましたか?」
俺たちの様子を気にしてか、先ほどの女性が声をかけてくれた。
「電車で帰ろうと思っていたんですけど、運転見合わせになってるみたいなんです」
「どちらまで帰るんですか?」
「えっと・・・・・・実は俺達、埼玉から来たんです」
「えっ、そんな遠くから!?ということは、新幹線で?」
「はい。まだ運転再開の見込みが経っていないようで・・・・・・」
すると、女性は旦那さんと何やら少し話した後、俺たちに話しかけた。
「よかったら、私たちの車に乗ってください」
「えっ!?そんな申し訳ないです・・・・・・」
「一緒に楽しませていただいたお礼です。このくらいはさせてください」
思わぬ救いの手に、あの夫婦が神様のように見えてきた。時間も限られているし、ご好意に甘えることにした。
「ありがとうございます!」
夫婦に連れられ、公園の一角にある駐車場へ向かう。営業車のような軽バンの後部座席に乗せてもらう。
「つばさ号に乗れないんですよね?でしたら、山寺駅にお送りしますよ」
「山寺って、奥の細道に出てくるあの山寺ですか?」
「はい。そこから仙山線という別の路線が出ています。仙台駅まで行けば、新幹線で帰れますよ」
「そうなんですね!教えてくださってありがとうございます!!では、お願いします!」
旦那さんがゆっくりと助手席に座りこみ、奥さんがハンドルを握って車を動かした。
公園を後にする頃にはすっかり日が暮れ、街灯の明かりに照らされながら南へと進んでいく。すると、奥さんは俺たちに話題を振ってきた。
「山寺には登らなかったんですか?」
「はい。今日は日帰りで観戦しに来たので、他の場所は回る余裕がありませんでした。今度行ってみたいと思います」
瑠奈が声を高くして丁寧に答える。午前の対局の勝敗次第では試合を観に行ったかどうかも分からなかったのに、と内心思ったが、敢えて目をつぶることにした。
「あら、そうだったんですね。階段が多くて大変ですけど、是非行ってみてください」
奥さんも笑顔で返答する。奥さんと談笑している間も、旦那さんは黙って話を聞いているようだった。
しかし、暖房が効いている車内でも山形の寒さに勝てず、思わずクシャミが出てしまった。許可をもらって後部座席に吊り下げられている箱ティッシュから一枚、ティッシュを取って鼻をかむ。
すると、箱ティッシュが入れられているカバーの側面に、何やら名前が刺繍されている。気になって覗いてみると、その名前を見て俺は仰天した。
『こずや たくみ』
小鳥谷という名字はなかなか周りにいないし、旦那さんが同姓同名は考えにくい。ましてや、このような手作り感満載のハンドメイドのグッズを、チームが売り出しているとは思えない。
瑠奈に相談することなく、俺は二人へ問いかけた。
「あの、一つお聞きしていいですか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「間違っていたらすみません。ひょっとして、お二人はたっく・・・・・・いえ、小鳥谷拓海選手のご両親ですか?」
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