天童編④ 十人十色

 中学時代、流行りのアイドルやインフルエンサーの話で女子達が盛り上がっても、瑠奈は全くはしゃがず、常に真面目で勤勉な姿で振る舞っていた。



 そんな彼女が、しかも山形で推し活!?



「推し活って誰の?ご当地アイドルとか、アニメキャラとか?」


 あまりにも意外過ぎて、つい食い入って聞いてしまった。しかし、瑠奈は開き直ったからなのか、言葉を濁すことなく正直に答える。


「ううん。モンテディオ山形っていうJリーグチームの、とある一人の選手を推してるの。本拠地のスタジアムがここ天童にあって、遥々応援しに来たり、アウェーの試合にも観に行ってたんだ」

「じゃあ、今日ここに来た本当の理由は、そのチームの推しの選手を応援するために?」


 瑠奈は俯いて無言で頷く。

 確かに天童駅の改札口を通った時、モンテディオ山形の垂れ幕やポスターがあったな。ようやく、彼女の目的がわかった。


「でもさ、選手の推し活が恥ずかしいと思っても、そのチームのファンだということは周りに隠す必要ないんじゃない?」

「そんなことないよ。同級生でサッカー好きな人たちは大体、浦和レッズか大宮アルディージャのファンばかり。遠く離れた地方チームのファンなんて知られたら、きっと仲間はずれにされると思ったの。それに、私が推してる選手のことも、きっと誰も知ってくれないだろうし。颯人君も私の本当のことを知って、幻滅しちゃったよね・・・・・・?」


 オドオドしながら、彼女は俺の顔を伺う。しかし、そんなことで敬遠する程、俺は野暮な人間じゃない。


「まさか。瑠奈が魅力に感じてるのなら、それでいいんじゃないか?」

「だって、『郷に入れば郷に従え』って言うでしょ?それに逆らった私なんて、村八分な立場だよ・・・・・・」

「沙悟浄先生だって、関西出身じゃないのに熱狂的な阪神ファンだったじゃん。自分がいま住んでいる地域のチームを絶対応援しなきゃいけない、って誰が決めたんだよ」


 瑠奈は目を見開いてはっとする。彼女の返答を待たずに、俺は自論を続けた。


「そもそもプロのスポーツチームの選手や関係者が、その本拠地出身の人達だけで成り立っているケースなんて、だいぶ限られてくるじゃん。だったら観客側だって、住んでる地域関係なく応援するチームを選ぶ権利があると、俺は思うんだけどな」


 正直、俺はスポーツ観戦にそこまで熱心じゃない。サッカーだってW杯で日本代表が戦うときにテレビでちらっと見る程度だし、知識は基本的なルールさえ危ういレベルだ。ファンがどういう想いでどっち側に付いて応援しているかなんて、深く考えたこともない。


 だけど、俺の言葉を受けた瑠奈の表情は綻び、パァァと明るくなった。


「颯人君がそう思ってくれる人でよかった・・・・・・!ありがとう!」

「いえいえ。単純に俺が応援しているチームがなくて、そう言えるのかもしれないけど・・・・・・」


 自論が正しいかどうかもわからないのに、感謝されてつい照れくさくなる。すると、


「今日の14時から、モンテディオのホームゲームがあるの。よかったら颯人君も一緒に観戦しない?もし興味ないなら、無理しなくていいけど・・・・・・」


 きっと自分のことを理解してくれて、心を開いたから誘ってくれたのだろう。もはや断る理由などない。


「そんなことないよ。サッカーは詳しくないけど生で観たことないし、瑠奈と一緒だと楽しそうだから行きたいな」

「ホントに!?やった!!ありがとう!」


 無邪気に喜ぶ瑠奈がとても愛おしい。それと同時に、三年間一緒にいても知らなかった彼女のことをもっと知りたくなった。






 駅から数分ほど歩き、ようやく目星をつけていた山形蕎麦のお店に着いた。店内は観光客よりも地元の方で賑わっている印象で、モンテディオ山形のユニフォームを着たサポーターらしきお客さんも食事をしている。


「瑠奈が推している選手って誰なの?」


 注文を済ませて料理を待つ間、推し活のことを深掘りして聞いてみた。瑠奈はもう恥ずかしがることなく、スマホでとある選手の画像を開いて見せてくれた。


「この人だよ。たっくんこと小鳥谷こずや拓海たくみ選手。プロ入りしたときからモンテディオ一筋のベテラン選手なんだ」


 パッと見た感じは30歳半ばに見受けられ、プロ選手としては確かにベテランの域に達する頃だろう。ホリが深く爽やかで、写真越しでも優しそうな雰囲気が伝わってくる。

 推しとか関係なく、恋愛対象としても瑠奈はこういうタイプが好みなのだろうか。


「へぇ、腕とか太ももの筋肉凄いね。普段からトレーニング欠かさなそうな感じ」

「そうなの!毎朝起きたら欠かさずジョギングをしてから朝ご飯食べてるの。食事のバランスも凄い気遣ってるんだって!自分が出た試合は必ずビデオでチェックしてるし、それに・・・・・・」


 目を輝かせて熱弁する瑠奈の姿に思わず狼狽うろたえてしまう。活き活きと話す彼女の様子は、学校でもあまり見たことない。

 やがて、俺が話についていけないことを察してか、瑠奈は我に戻った。


「あっ、ゴメン!周りにこういう話なかなかできなかったから、つい・・・・・・」

「ううん、大丈夫だよ」


 彼女が楽しそうに振る舞ってくれるのが、俺にとっては一番だ。


「ちなみに、どうしてさ瑠奈は・・・・・・」

「はい、鳥中華の方!お待たせしました!」


 肝心な聞きたい話を遮るように、店員のおばちゃんが俺の頼んだ料理を運んできた。仕方ない。後でじっくり聞こう。


「わぁ、美味しそうだね!」


 鳥中華という聞き慣れないメニューを興味本位で頼んでみたところ、天かすが浮かんだスープに刻み海苔が乗っかり、その中に鶏肉と中華麺が入っていた。要するに、鶏ベースのラーメンといったところだろうか。


「先に食べていいよ」

「ありがとう。じゃあ、いただきます」


 瑠奈に勧められ、まずはスープをひと口。


「旨っ!」

「でしょ?食べてもらえてよかった!」


 めんつゆがベースだけど鶏ガラのコクも深く、醤油ラーメンともまた違う味わいだ。鶏肉は肉厚で歯応えがあり、中太の麺もまた絶品である。

 蕎麦屋でラーメンが出てきた時は違和感があったけど、麺を啜る箸が止まらなかった。


「はい、冷たい肉蕎麦の方!」


 やがて、瑠奈の頼んだ蕎麦も配膳されてきた。外はひんやりしているのに、敢えて冷たいのを頼むあたり、彼女らしさを感じる。

 こちらは脂の浮いた冷たいつゆの上に大きな鶏肉が乗っており、口にしなくても一目見ただけで絶品だと確信できた。


「うん、美味しい!やっぱり、山形の肉蕎麦最高!」


 瑠奈も一口ひと口を噛み締めながら、食事を楽しんだ。

 お互い食べることに集中しつつも、だいぶお腹が満たされてきた頃に彼女へ問いかけた。


「この後どうする?直接スタジアムに向かうか?」

「それでもいいけど、時間あるならイモ天寄ってもいい?」

「イモ天?」

「イモ天知らないの?」

「天童のソウルフード?イモの天ぷらのこと?」


 真面目に聞いたつもりなのに、瑠奈は笑って答える。


「違うよ。この辺ではオンール童を略して、って言うんだよ」

「地元民じゃないのに、そんなのいきなり言われて理解できるかよ」


 俺が拗ねた態度を取ると、ゴメンゴメンと謝りながら涙を拭った。


「試合のあるスタジアムもイモ天から歩いて行ける距離だからさ、いいでしょ?」

「わかった。じゃあ、案内頼むよ」


 任せて!と瑠奈は意気揚々と答える。

 イモ天で何がしたいのかわからないけど、彼女の目的を果たすためにも、ここは流れに身を任せよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る