第3話 一局頼もう!
10:17、定刻通りに天童へ到着した。ホームに降り立つと一際冷たい空気が包み込み、一足早い秋の訪れを肌に感じる。
「うーん、やっと着いたね!」
瑠奈が両腕を伸ばし、大きく背伸びをする。俺も深呼吸して澄んだ空気を肺の奥へ取り込んでから、彼女へ問いかけた。
「まずはどこに行こうか?」
「お蕎麦食べたいけど、どこも11時開店らしいね。それまでどうしよっか?」
彼女から逆に質問されるが、イベント情報以外はそこまで詳しく調べていない。何より、瑠奈がここに来たかった本当の目的を知りたかったからだ。
言葉に迷いつつも、薄い知識を頼りに返答する。
「そういえば、将棋の資料館があるらしいね」
「私も見たよ。さっき場所調べたら、駅のすぐ真横にあるみたいだね。時間つぶしがてら、そこに寄ってみる?」
「そうだな。行ってみようか」
駅の改札を出て東口の階段を下りた裏側に、『天童将棋資料館』と書かれた施設を見つけた。どうやら駅舎と同じ建物の入っていたようで、難なく辿り着けた。
資料館の隣には『天童将棋交流室』と書かれた施設もある。足を止めて屋内の様子を伺ったところ、小学生や年配の方が数組、活き活きと対局を楽しんでいた。
「何ここ?将棋打てるの?」
「そうみたい。張り紙とか立て看板に書いてあったけど、誰でも自由に無料でできるんだってさ」
「へぇ、凄い!さすが将棋の街だね!」
瑠奈も興味深そうにガラス越しに対局を観覧する。ここに寄らず資料館を見学してもいいけど、久しぶりに一緒に巡れるのならば良い機会だ。
「瑠奈、俺たちもここで対局してみない?」
「いいね!旅先で直接打てるなんて面白そう!」
瑠奈は迷うことなく、ウキウキした様子で返答する。どうやら彼女も考えていることは同じだったようだ。
ならば、一か八か賭けに出てみよう。
「じゃあ、負けたほうは『誰にも言ったことのない自分の秘密を暴露する』ってことで」
すると、瑠奈は一転して頬を赤らめ、首をぶんぶんと横に振った。
「い、嫌だよ!恥ずかしいじゃん!!罰ゲームありにするなら、せめて『負けたほうがお昼ご飯奢る』とかにしてよ!」
「それじゃつまらないだろ。勝てば良いだけの話だし。それとも、俺に勝てる自信がないとか?」
挑発するつもりはなかったけど、こうでもしないと罰ゲーム付きの勝負を引き受けてくれないだろう。単刀直入に聞き出すよりも、自分が負けるリスクを背負った方が、瑠奈の目的を知るには得策だ。
彼女はムッとした表情で答える。
「そんなことないもん!そこまで言うなら、絶対負けないからね!!」
よし、条件を引き受けてくれた。俺だって、負けてたまるものか。
交流室の中へ入ると、テーブル席と畳敷きの対局スペースがあった。受付を済ませた後、俺たちは畳敷きの空いている場所に座って将棋盤と駒を並べる。
「颯人君、将棋はよくやってるの?」
「最近は全然だな。最後にやったのも5、6年くらい前だった気がする」
「そんなにブランクあるのに、自分から罰ゲームありにしちゃっていいの?」
「むしろ、その方が本気で臨めるから好都合だよ」
久しく駒にすら触れていなかったが、小学生の頃は放課後に児童館で将棋を打ってよく遊んでいた。その時は同級生だけでなく、上級生や先生達を相手に何度も勝ったことがある。
そのことを知るのは中学時代の同級生の中でも限られた人だけで、瑠奈には話したことがない。彼女の実力は未知数だが、きっと互角にやり合えるだろう。
「そうなんだ。私、手加減しないからね!」
「じゃあ、よろしくお願いします!」
お互い姿勢を正して向き合い、一礼を合図に対局を始めた。
「はい、王手!」
「嘘!?うーん・・・・・・」
二十分以上の対局の末、ついに俺が先に王手を取った。
逆転できる手がないか、瑠奈は必死に悩んで
「参りました・・・・・・信じられない!颯人君に負けるなんて!」
「こう見えて、昔からそれなりに強かったんだよ」
「そうなの!?先に言ってよ!いけると思って、途中油断しちゃったもん!」
そんなことを言われても、勝ちは勝ち、負けは負けだ。
だけど、瑠奈も油断してたとは思えないような良い手を何度もさしてきて、ずっと気が抜けなかった。学年トップレベルの頭脳を持つ彼女に勝てて素直に嬉しいし、ずっと喜びを噛み締めたい思いだ。
「じゃあ約束通り、瑠奈の秘密を教えてよ」
「わかった。でも、ここで話すのはちょっと・・・・・・外に出てお店に向かうときに話すでもいい?」
「仕方ないな。じゃあ、片付けるか」
一手を考えるのに精一杯頭を使ってお腹が空いてきたし、時間的にも昼食に丁度良さそうだ。
しかし、交流館を後にして店に向かう道中も、彼女はなかなか話してくれなかった。しびれを切らして俺が促しても、繰り返し確認をしてくる。
「誰にもバラさない?」
「もちろん」
「私のこと嫌いになったり、ドン引きしない?」
「今更するもんか」
「わかった。じゃあ、教えるね・・・・・・」
ようやく話してくれる気になったらしい。すると、瑠奈は耳まで顔を真っ赤にして、小さい声で囁いた。
「・・・・・・私、山形で推し活してるの」
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