第2話 翼を広げて
いつもの大宮駅に降り立った俺たちは、通学で通り抜ける改札を素通りして新幹線乗り換え口へと向かう。その近くの指定席券売機に立ち寄り、山形新幹線のきっぷを購入した。
「買ってくれてありがとう」
瑠奈に言われるがまま『大宮→天童』の乗車券と特急券を購入し、きっぷ一式を手渡すと彼女は笑顔でお礼を言ってくれた。
「いえいえ。手元に学割なくて、割高になっちゃったけど」
「別にいいの。窓口の人に顔覚えられるほう方が嫌だったもん」
「そんなに勘繰られることもないと思うけどね。でも、どうして目的地が天童なんだ?」
券売機の画面で山形新幹線の駅名を一通り見たけど、米沢牛を食べるなら米沢が良さそうだし、温泉巡りをするなら上山温泉が最適な気がする。正直、天童といえば将棋の駒くらいしか思い浮かばない。
ここを目的地にした理由を問いかけてみるが、彼女は曖昧な返答をする。
「うーん、何となく面白そうだと思って。どこ行くかは着いてからのお楽しみにしようよ」
「まあ、2時間半も乗るし、車内でゆっくり調べるでのもいいかもな」
そうだね!と瑠奈は明るく返すけど、茶を濁している気がしてならない。さっき調べていたと思われる内容も含めて、後で少しずつ探ってみよう。
乗り換え改札を通ると目の前にコンビニがあり、瑠奈が欲しいと言っていたものもまとめて一緒に買い物をする。
しかし、混雑していた上に前で会計していた客が手こずっていたため、出発の時間まで残り2分を切ってしまった。
「お待たせ!」
「買ってくれてありがとう。レジ大丈夫だった?」
「なんかトラブってたっぽい!とにかく急ごう!」
慌てて新幹線ホームへ駆け上がると、2種類の新幹線車両が連結して停車しているのが視界に入った。俺たちが乗るのはその一方、オレンジと紫の車両のつばさ号だ。
すると、ホームに降り立ったところで、ベルが鳴り始める。
やばい!乗り遅れる!!
『17番線から、つばさ123号山形・新庄行きと、やまびこ123号仙台行きが発車いたします。次は、宇都宮に止まります。黄色い点字ブロックまで、お下がりください』
放送が終わったところで指定された号車へ辿り着いて飛び乗る。瑠奈も乗り込むとすぐにドアが閉まり、定刻通り7:37に大宮を出発した。
「危な!めっちゃギリだったね!」
瑠奈が息を切らしながら話しかける。新幹線で駆け込み乗車なんてみっともないし、この上なく危なっかしかった。旅の初っ端から慌ただしくしてしまい、申し訳ない気持ちになる。
「買い物しなければ余裕持って乗れたのにすまん」
「別にいいよ。とにかく間に合ってよかった!」
デッキで息を整えてから客室へ移動し、瑠奈は窓側、俺は通路側の指定された座席に着席する。先ほどコンビニで調達したものをテーブルに広げると、瑠奈に問いかけられた。
「朝ご飯、家では食べないの?」
「俺の親、休日はなかなか起きてこないんだ。朝飯待ってたら場所取れなくなるから、途中で買って行って、予備校に着いてから食べることが多いよ」
「そっか。颯人君の両親、お仕事大変なんだね」
俺がおにぎりと小さいサラダを頬張る横で、瑠奈は野菜ジュースを飲みながら話を聞いてくれる。
「そういえば、二年のとき担任だった
「マジで!
「いつも奥さんお手製のおにぎりを持ってきてたんだけど、学校近くのコンビニで何個も菓子パン買って、一緒に食べてたんだってさ」
「あの人、見るからに不健康そうだったもんな」
元担任だった五条先生は髪の毛が薄く、男子達を中心に『沙悟浄先生』のあだ名で呼ばれていた。かくいう俺もそう呼ぶ一人なのだが、受験のストレスに加えて偏った食事が続くと、卒業する頃にはあの先生みたいにハゲてしまわないか不安になってくる。
沙悟浄先生の話をきっかけに、俺たちは中学時代の思い出や当時の同級生たち・先生たちの近況を語り合った。高速で流れる車窓に時折目を移しつつも、瑠奈も笑いながら思い出話に花を咲かせた。
修学旅行とかでもそうだったけど、同じ思い出を共有できるのっていいことだと実感する。これだけでもだいぶストレスも発散できたし、彼女を誘ってみてよかった。
俺たちの乗るつばさ号は途中の福島で、後ろに連結していたやまびこ号を切り離す。この先は高架から地上へと降りていき、新幹線とは思えないほどゆったりとしたスピードで、住宅の真横や踏切を通過していく。
座っていても上っているのが分かるくらいの急な峠を越え、山形県へ入る頃には思い出話も盛り上がりを過ぎ、俺はカバンから単語帳を出して勉強を始めた。
元々やるつもりはなかったけど、せっかくなら瑠奈の前で少しでも頑張っている姿を見せたい
瑠奈はどんな感じで勉強を進めているのか、隣をチラッと見てみる。しかし、彼女は早々に参考書をカバンにしまい、すっかり旅を満喫しているようだった。
何やら大小二体の人型の置物を窓淵に置き、車窓に広がる田園風景を背景にスマホで写真を何枚も撮っている。その様子が可愛いと思いつつも、つい気になって彼女へ問いかけた。
「瑠奈、それ何?」
「この子たち?起き上がり小法師くんだよ」
「起き上がり小法師くん?」
瑠奈は二体の置物を手に取り、俺へと見せてくれた。
白地の身体に衣装を模したラインが入っており、大きいのは赤、小さいのは青のラインが入っている。目尻の下がった表情が細い線で描かれ、初対面なのに自然と愛着が湧いてくる気がした。
「この子たち、可愛い顔してるな」
「どんなに転がしたり倒したりしても、すぐに立ち上がるんだよ。試してみて」
一体の起き上がり小法師をテーブルに置いて、指で押して横に転がしたりお辞儀をさせたりする。しかし、どんな態勢にしてもすぐに起き上がり、凛々しい姿でこちらを向いた。
「ホントだ!すげぇ!こんなの見たことないな」
「これ、会津の伝統工芸品なの。向こうに住んでたとき、親に買ってもらったんだ。まさに『七転び八起き』を具現化してるから、お守りとしてずっと一緒にいるの」
そういえば瑠奈の両親は転勤族で、中学入学直後の自己紹介時にも「福島の会津若松から引越してきた」と彼女は話していた。だけど、会津よりも前に住んでいた場所については聞いたことがない。
彼女の過去について、探ってみることにした。
「瑠奈って、いま住んでる埼玉と会津以外にも、どこかに住んでたのか?」
「産まれたばかりの頃は新潟で過ごしてて、仙台と山形にも昔ちょっとだけ住んでたことがあるよ」
「そうなの?じゃあ、これから天童に行くのも昔住んでた場所だから?」
すると、目を泳がせながら彼女は答える。
「ううん。普通に山形市内のアパートに住んでたよ。天童に行った記憶はなくて、どんな場所かは全然知らないよ。今日が初めてなんだ」
さっきまでと打って変わり、瑠奈はタジタジとした話しぶりになる。
もしかしたら、本当は天童に昔行ったことがあり、何かしら彼女にゆかりのある場所があるのかもしれない。
「そうだったんだ。じゃあ、今日いろいろ巡るの楽しみだな」
「そうだね。勉強の邪魔しちゃってゴメンね」
「いや、大丈夫だよ」
詮索をやめて話を切り上げると、瑠奈は起き上がり小法師たちを再び窓枠に並べ、稲穂が実る外の風景を楽しみ始めた。
その横で気づかれないよう、俺は県内のイベント情報をこっそり調べる。だけど、今日は山形市や天童市周辺で大きなお祭りはなさそうだった。
瑠奈が山形に行きたいと言った本当の理由は何だろう。
真相が気になりつつも、俺たちはミニ新幹線でのひと時を過ごした。
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