(埼玉発)天童編

天童編① 思いがけない再会

 受験までの残り数ヶ月、関川せきかわ颯人はやとのメンタルは限界に達しつつあった。




 自宅にいると常に親の目が光っており、昔から勉強する気になれない。だから授業がない日でも朝早く家を発ち、テスト前なんかは図書館や予備校の自習室で一日を過ごしていた。


 今日も場所取り争奪戦に参戦すべく、いつもの京浜東北線で鉄の通学路を北へと向かう。しかし、場所取りに勝ったところで、身の為になる有意義な一日となるかは別問題だ。


 秋めいてきた車窓を眺めていると、自分の将来のことが頭をよぎって気が重くなる。



(こんな生活、いつまで続くんだ・・・・・・)



 そもそも俺は今、何になりたいかも分からない。



 模擬試験で適当に書いた志望校の判定はどこもC判定。このままじゃマズいことはわかっているけど、目的がないまま勉強しても身に入らなかった。


 受験に失敗して浪人生活を送るくらいならば、高卒でも雇ってもらえる会社に就職してもいいと思っている。だけど、両親は「ちゃんと大学を出ていい企業で働くこと」としつこく、そんなことは到底許してもらえない。



 いっそこのまま、どこか遠くへ逃げ出したかった。



 目線を車内へ移して見渡すと、週末の朝の電車は立っている人もまばらで、落ち着いた空間が広がっている。

 その中に、車内の端の方に見覚えのある女子高生の姿があった。


(ん?あれって・・・・・・)


 中学時代の元クラスメイト・水島みずしま瑠奈るながドアの側に立っていた。

 そっと近づいて様子を伺うと、こちらの気配に気づいたのか、彼女は手元の参考書から顔を上げる。

 俺の顔を見ると一瞬驚いた表情になるが、すぐに笑顔へと変わって明るく挨拶をしてくれた。


「颯人君?おはよう!久しぶりだね!」

「おはよう。瑠奈に会うの、何気に卒業以来かもな」


 俺も慌てて軽く手を挙げて挨拶を返す。約二年半ぶりの再会と同時に、彼女の爽やかな笑顔が見れただけでも今日は幸運だと感じた。




 そのおしとやかさと性格の良さから、瑠奈は男女問わず評判が高かった。おまけに成績も常に学年上位で、まさに才色兼備という言葉を具現化したような子だ。

 俺は中学での三年間クラスが同じで、席も近くになることが多かったため、ほかの男子と比べても関わることが多かった。


 中学を卒業後、彼女は県内トップクラスの偏差値の公立高校へ進学し、俺とは別の道を歩んでいる。以降、同じ地元でもなかなか顔を合わせることもなかった。


「颯人君、全然変わらないね!元気にしてた?」

「そうか?今は受験勉強に追われて、ご覧の通りだよ」


 やつれているであろう俺の顔色を、瑠奈は覗き込む。彼女の美しさは中学時代よりも一層磨きがかっており、じっと見られると胸の鼓動が速くなってくる。


「確か颯人君、高校受験のときも外で勉強してたよね」

「ああ、そういえば冬季講習とかも一緒に受けたことあったよな」

「相変わらず頑張ってるみたいで偉いね」

「偉くないよ。結果が伴わなければ意味がないし」


 瑠奈は望み通りの進学校に合格した一方、俺は試験当日に体調を崩したのもあって、第一志望の公立高校に入れなかった。

 幸い、滑り止めで合格していた私立高校の特進コースに進学したものの、高校では気の合う友人もできなかったので、ずっとしがらみが残ったままの高校生活を送っている。


「そういう瑠奈も、これから予備校行って頑張ってくるんだろ?そっちのほうが十分偉いじゃん」


 俺とは格が違う頭脳を持つ瑠奈のことなので、確信を持って問いかける。

 しかし、俺の予想に反して彼女は首を傾けた。


「確かに頑張ってるよ。でも、ちょっと迷ってる」

「迷ってるって?」


 俺が問いかけると、瑠奈は深刻な表情で答えた。


「いろいろと疲れてきちゃって、最近なんだか勉強する気も失せてきちゃったの・・・・・・」


 高校受験前を含めて、どんなにつらい時期でも彼女は人前で常に明るく振舞っていた。元気なく弱音を吐く瑠奈を見るのは、俺も初めてだ。


「意外だな。瑠奈もそういうときがあるんだね」

「もちろん。周りからは『東大京大レベルは合格間違いなし』ってよく言われるけど、全然そんなことない。むしろかなりプレッシャーを感じてるの。そのためにやりたいこと我慢して、関係が壊れないように適当に上手く合わせて、期待に応えられるよう人知れず努力してきただけ。本当はもっと思う存分遊びたかったのに、こんなはずじゃなかったんだけどなぁ・・・・・・」


 そう言いながら、彼女はため息を漏らす。自ら希望して選んだ高校なのに、予想に反した学校生活だったのなら、俺以上にしんどい気持ちで2年半を過ごしてきたのかな。



 もしかしたら、今に始まったことではなく、昔から自分の気持ちを押し殺して表で振舞っていたのかも。



 今は違う道を歩んでいるけど、久しぶりに瑠奈と再会したのも何かのきっかけになるかもしれない。元同級生として寄り添ってあげたいけど、受験勉強がしんどくて現実逃避したいのは俺も同じだ。


 ならば、思い切って誘ってみよう。


「じゃあさ、この際息抜きでどこか一緒に出かけようよ」


 案の定、瑠奈は「何を言っているの!?」と言わんばかりの表情で、真面目な回答を返す。


「えっ!?私たち受験生なのに、そんなの時間が勿体ないよ」

「一日くらい遊ぶのに使っても、そんなに変わらないんじゃないかな。俺も煮詰まって勉強嫌になってたから、旅に出ればリフレッシュできて気持ちが変わるかもしれないよ。もし少しでも勉強したいなら、移動中にすればいいし」

「うーん、そっか・・・・・・」


 瑠奈だって、本当はハメを外して思う存分遊びたいはずだ。下心なしに、普段から頑張っている可愛い子に旅をさせてあげたい。


 彼女はしばらく葛藤した末、小さく頷いた。


「それじゃ、今日くらいは楽しんじゃおうかな」

「ありがとう!ディズニーでも東武動物公園でも、瑠奈の行きたい場所でいいよ」

「どこでもいいの?じゃあ、ちょっと待って」


 そう言うと、瑠奈は自分のスマホを取り出して何やら調べ始める。数分ほどして画面を閉じると、彼女の口から予想外の場所が出てきた。


「あの、山形に行きたいな」

「山形!?別に構わないけど、テーマパークとかじゃなくていいの?」

「だって、今日は・・・・・・」


 そう言いかけたところで、瑠奈は首を振って話を逸らす。


「・・・・・・ううん、何でもない。美味しいものたくさん食べられそうだと思ったから」

「そっか。じゃあ、大宮に着いたら一緒に新幹線のきっぷ買おうか」

「いいの?ありがとう」


 瑠奈は微笑みを浮かべて一礼する。誘えて嬉しい反面、彼女の口から出かけた言葉も気になる。


 山形で今日、瑠奈の興味ある特別なイベントでも開催されるのだろうか。


 本当の目的はわからないけど、今は深く追求せず、一緒に旅することを楽しもう。

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