第9話 夢が叶う日まで

 サフィール踊り子を見送った後、品川の降り立ったホームで私は後続の普通列車を待つ列の最後尾に並ぶ。一方、穂積は列から一歩離れた傍に立っていた。


「穂積さんは乗らないんですか?」

「渋谷方面の山手線でバイト先に向かうんだ。俺はここまでだよ」


 彼は名残惜しそうに少し俯いて答える。サフィール踊り子の車内である程度覚悟していたけど、ここでサヨナラとなるのか。

 私もカバンの持ち手をギュッと握りしめ、寂しさを押し殺す。


「・・・・・・そうなんですね。今日はありがとうございました。穂積さんのおかげで、明日から前を向いて生きる気になれました」

「それならよかった。俺も一緒に巡れてとても楽しかったよ」

「また会える日がきますか?」

「縁があればきっと。その時には上手なお芝居ができる、一流の俳優になって倉吉さんに演技を見せてあげるよ」


 穂積は拳を握りしめて決意を語る。だけど、私は何故かおかしくなり、クスっと笑ってしまった。


「なんで笑うんだよ」

「すいません。素敵な夢だと思います。でも、穂積さんが慌てふためく姿を思い出したら、無茶ぶりなアドリブの演技とかできるのかなって」

「なっ・・・・・・!」


 彼は顔を赤らめてムッとしつつも答える。


「倉吉さんに会ったとき、アドリブにしてはうまく対応できたほうだと俺は思うよ!だけど、からかわれたときでもうまく対処できるように、これから力をつけるさ。それに、夢は大きく持っていたほうがいいじゃん。倉吉さんはどんな夢を持ってるの?」


 私は目を軽く拭い、彼と目を合わせて決心を告げる。


「そうですね……私は卓球のプレーで多くの人を魅了して、穂積さんの耳にも入るくらいの活躍をしたいです!」

「倉吉さんならきっと叶えられるよ」


 根拠はないけど、その言葉にはなぜか説得力がある気がした。

 さらに、彼は思い出したように話を続ける。


「そうだ!配信してたら見て欲しいんだけど、たまにテレビの特番とかで俳優とオリンピックのメダリストが卓球で勝負してるんだ。いつかそこで共演できたら最高じゃない?」

「そんな企画があるんですか!?じゃあ次は、そこで穂積さんとお手合わせしましょう!」

「その舞台に立てるよう、俺も頑張るよ」


 目を輝かせてお互いの夢を語り合っているうちに、私たちのホームへ上野東京ラインの高崎行き普通列車がやってきた。


「じゃあ、気を付けて帰ってね」

「はい!ありがとうございました!」


 固い握手を交わして、私は人波に流されて車内へと乗り込む。周りに目立たないように小さく手を振って別れを告げると、ドアが閉まって品川を発った。


 ホームに立ち笑顔で手を振る穂積の姿は、あっという間に目の前から過ぎ去っていった。





 夕暮れの首都のビル群を眺めながら、私は物思いにふける。


 この広い世界、17年歩んだ人生の一日の中で偶然出会った穂積という人間のおかげで、諦めかけた自分の未来を切り開くきっかけになった。


 きっと彼は宣言通り大物になって、芸能界で活躍するだろう。


 だから私も今日の思い出とともに、彼からもらったエールを追い風にしたい。


 卓球ができる才能に感謝し、天才ではなく努力家として評価してもらえるよう、練習に精一杯向き合おう。その分、結果もついてきてくれるはずだ。


 私を支えてくれるチームメイトも地元で待っているし、まずは彼女たちの元へと急ごう。






 東京で東北新幹線なすの263号に乗り換え、待ち合わせの小山駅へ着いたのは17:56。約束の時間にギリギリ間に合った。


 ついさっきまで関東から一歩足を踏み外した場所にいたのに、異世界から現実へと帰ってきたような感覚だ。


 乗換改札を抜けた先に続く通路を歩き、在来線改札から外へ出ると、いつもの由香里たちチームメンバーの姿があった。


「お疲れ!まっすー、会いたかった!」


 こちらに気づくなり、由香里が満面の笑みで飛びついてきた。


「お待たせ。心配かけてゴメンね」

「いいのいいの!元気なまっすーが一番だよ!」


 彼女と絡んでいるのを見ていた一人の後輩が、私の顔を眺めて問いかける。


「倉吉先輩、なんだか表情明るくなりましたね。何かいいことでもあったんですか?」


 私はふふっ、と笑って答える。


「それは、秘密かな」

「えーっ、気になる!あっ、わかった!シャンプー変えたでしょ?今までと違ういい匂いするし、肌もツヤツヤだもん!」


 確かに熱海で温泉につかったし、浴場で使ったシャンプーとリンスはいつもと違う上質なものだった。由香里はなかなか感性が鋭い。


 だけど、温泉効果であることは黙っておこう。


「まぁ、そういうことにしてあげる」

「えっ、何それ!どんなの使ったのか私にも教えてよ!」

「後でね。とりあえず、今日はいろいろあって私お腹ペコペコ。早く食べに行こうよ!」

「わかった。じゃあ、行こっか!」




 美味しいものをたくさん食べてきたから、本当はそこまで空腹ではない。でも、今は仲間たちといるかけがえのない時間に感謝し、将来への育みにしたい。


 私たちは駅近のファミレスに向けて歩き出し、日没を迎えた街へと溶けていった。


(熱海編 了)

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