第7話 サフィールへの招待状

「すいません、電話いいですか?」

「うん、ゆっくり話してきていいよ」


 穂積に許可をもらい、ホームの端のほうまで移動しながら画面をタップした。


「もしもし?」

「まっすー!げんきだったー?」


 鼓膜に由香里の甲高い声が響き、思わずびくっとする。


「わぁ、びっくりした!ゆかりん、驚かさないでよ!」

「だって私、まっすーが側にいないと生きていけないもん。体調大丈夫なの?」


 そんな大袈裟な、と内心思うが、心配をかけたことに違いはない。安心させようと、落ち着いた口調で彼女の質問に答える。


「私は何ともないよ。お母さんも病院で検査してもらったら陰性だったし、だいぶ体調良くなってきたよ」

「ホントに!?じゃあ、明日から練習これるんだね!よかったー!」


 電話口の由香里は喜びを爆発させる。それでも、表情の見えない彼女の前では、ダブルスを組んで臨んだ試合の苦い思い出が脳裏に蘇った。


「この前の試合、ホントにごめんね。私が不甲斐なかったばかりに」

「なんでまっすーが謝るのよ。ダブルスは私の実力不足もあったし、シングルスは相手が悪かっただけじゃん。まっすーなら絶対大丈夫だと、みんなも信じてくれてるって。私もペアとして頑張るから、自分の限界までとことん精進しようよ」


 彼女は全く気にしない様子で返答してくれた。

 ああ、何ていい子なのだろう。『天才』呼ばりされていた以上、周りに弱みを見せられなくてずっと一人で抱え込んでいた。でも、優しく支えてくれるチームメイトがいるなら、これからもみんなの元で頑張れる気がした。


「そうだね。ありがとう」

「ってか、まっすー今どこにいるの?遠くから電車の音みたいなのが聞こえたけど」


 由香里に指摘されて目線を上げると、引き上げ線のさらに奥に見える土手を東海道新幹線が通過していた。

 いくら信頼できるチームメイトとはいえ、学校サボりで遊びに行っていることがバレたら監督や親の耳に入るかもしれないし、口が裂けても言えない。

 自分の居場所がバレないよう、慌てて誤魔化す。


「うーんと、宇都宮の線路沿いにあるクリニックだよ。どこも午後からしか検査の受付してもらえなくてさ」

「へぇ、そうなんだ。じゃあ、体調問題ないんだったらさ、みんなで夕方ご飯食べに行こうよ!」

「えっ、今日これから!?別に明日以降でいいのに」


 急な誘いに戸惑いを隠せない。そんなことも知らず、由香里は意気揚々と話す。

 

「この前の大会の後、まっすー落ち込んでて打ち上げ来なかったじゃん。私たちもまっすーから元気貰って、一日でも早くモチベーション上げたいもん」

「それは嬉しいけど、これから練習でしょ?」

「うん。でも今日は軽めで終わるし、18時には小山駅に来れるよ。時間厳守でよろしく!じゃあ、また後でね!」

「えっ、ちょっと待っ・・・・・・」


 ピロン。


 電話を切られてしまった。由香里は楽しみなことがあると、自ら仕切って突っ走ってしまう。この調子だと、後輩を含めて4、5人は誘ってきそうだ。


 どうしよう。今から間に合うかな?


 スマホをいじっていた穂積のもとへ慌てて駆け戻り、事情を説明する。


「穂積さん、18時までに帰らないといけなくなりました!」

「そうなの?熱海からの特急列車のきっぷ買っちゃったよ」


 どうやらこちらの意向に関わらず、彼は帰りの特急券をネットで買ってくれていたようだ。それでも、遅刻厳禁と釘を刺された以上、一刻も早く帰りたい。


「新幹線じゃなくても間に合いますか?」

「まぁ、栃木なら東京からも新幹線乗れるし、何とかなるんじゃないかな?」

「だといいですが・・・・・・」


 一抹の不安を抱えていると、左手から熱海行きの普通列車がやってきた。漆黒の電車に乗り込み、わずか2分で熱海駅へ戻ってきた。




 熱海駅に到着すると、穂積は購入した特急券を発券しに行った。その間に、私は改札前のお土産屋を物色して彼を待つ。

 お菓子や静岡産の抹茶など数々の商品を目の前に買いたい衝動に駆られるものの、バレるのを危惧してグッと堪える。


 ゆかりん達にも、お土産買って行きたかったな。


「お待たせ。行こうか」


 そう考えていると、穂積が戻ってきた。彼とともに4、5番線ホームへの階段を上ると、ちょうど東海道本線の籠原かごはら行き普通列車が出発したところだった。


「あれには乗らなくてよかったんですか?」

「途中で追い抜くし大丈夫だよ」


 彼はそう言って、水色のきっぷを渡してくれた。『サフィール踊り子』という特急列車の熱海から品川までのグリーン券だった。


「ありがとうございます。グリーン車にしたんですか?私は自由席でも大丈夫ですよ」

「この列車、んだよ。倉吉さんに一度乗ってもらいたいと思って」


 えっ、そんな豪華な列車を取っていたの!?私なんかが乗っていいものだろうか。


「ちなみに、どうして東京ではなく品川までにしたんですか?」

「熱海から乗る距離の関係で、品川で降りるほうが東京まで乗るより、2,000円以上安くなるんだよ」

「そんなに違うんですか!?よく知ってますね」

「前にサフィール乗るときに調べて知ったんだ。東京から急いで帰るだろうし、一緒に旅してくれたお礼もあるから、倉吉さんの分は払ってあげるよ」

「そんな、いいんですか?いろいろとありがとうございます」


 申し訳ないと思いつつも、彼の好意にまたまた甘えることにした。

 少し待つと、特急サフィール踊り子2号東京行きが私たちの前に入線してきた。


「わぁ、凄い・・・・・・」


 蒼い宝石のような落ち着いた色合いの車両は、並々ならぬ高級感が漂っている。停車してドアが開き、緊張した面持ちで恐る恐る乗り込んだ。

 通学で使う列車にも2階建てのグリーン車があるのは知っているけど、実際にグリーン車に乗るのは人生で初めてだ。


 木目調の通路を歩いていき、指定された車両中央付近の2人掛け座席の窓側に腰を下ろす。グリーン車なだけあって座席はかなりゆったりとしており、真上の天窓からは外の光も差し込んでくる。


 穂積も通路側の席に座り、一日楽しんだ熱海を15:31にゆっくりと出発した。

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