第6話 元・天才からの脱却

 私の家は基本的にニュース、スポーツ番組、大河ドラマでしかテレビを見ないので、周りと比べても芸能情報には疎い方だ。だとしても、穂積が芸能系の道を進んでいるのは意外だった。

 私が静かに驚いている脇で、女性たちはハイテンションの様子で穂積へとさらに詰め寄る。


「私たち、ずっとファンだったんです!写真とサインもいいですか?」

「すみません、今はプライベートなのでちょっと・・・・・・」


 彼は丁重にお断りするも、彼女たちは私の顔もちらっと見て騒ぎ出す。


「もしかして、ご一緒されてるのって交際しているカノジョですか!?」

「極秘の熱海デートだったりして!一躍ネットニュースの記事になるかもよ!!」

「ち、違います!えっと・・・・・・」


 この人達、ファンと言う割にはかなり図々しいな。一種の揺すりのようにも受け取れる。自分達の目的を満足させることしか考えず、穂積本人には思いやりのカケラもないのだろうか。


 私だって、このまま彼の交際相手だと誤解されたくない。SNSで拡散される前に、何とかしなくては。

 彼の言葉が出てくる前に、咄嗟に嘘をついた。


「わ、私、大樹さんの姪なんです!今日はお互い学校も仕事も休みで、親戚どうしで熱海に連れてきて貰ったんですよ!もうすぐ私たちの親が戻ってきますし、大樹さんも困っているので邪魔しないでもらえませんか?」


 女性二人組はお互いの顔を見合わせると、申し訳なさそうに頭を下げた。


「あー、そうだったんですね!邪魔してしまってすみませんでした」


 彼女らはそそくさとその場を立ち去っていくも、ほんの一瞬だけ眉をひそめるのを私は見逃さなかった。

 難を逃れて、私たちはほっと肩をなでおろした。


「ありがとう。おかげで助かったよ」

「いえいえ。それより、穂積さん俳優だったんですか?」

「倉吉さんには気づかれずに済むと思ったんだけどなぁ・・・・・・」


 ティータイムに差し掛かったのもあり、カフェは賑わいを増している。あの女性達の噂を聞きつけて、穂積のにわかファンが再びここに押しかけてくるかもしれない。


「穂積さん、場所変えませんか?」

「そうだね。さっさと立ち去ろうか」


 残っていたラテを飲み干し、私たちは来宮神社を後にした。





 神社から5分ほど歩いたところに、JR伊東線の来宮駅があった。定期券にチャージをして、無人の改札へSuicaをかざす。


「穂積さんが子役だった頃の話、聞かせてもらえますか?」


 人影がまばらなホームで、私は問いかける。彼の目線の先にある引き上げ線には、通学でいつも乗っているオレンジと緑のラインの車両が休息を取っていた。


「俺、親の教育方針で幼い頃から子役として出させて貰ってたんだよ。そしたら、5歳の時に出演した『もしモジ』で一躍有名になっちゃって、一時は『天才子役』なんて世間からちやほやされたんだ。でも、それ以降は仕事らしい仕事ができなくて、あの時が俺の人生のピークだったんだよな・・・・・・」


 彼の話を受けて『穂積大樹』でリサーチをしてみると、予測変換で『もしモジ』のほかにも、『現在』『学校』『消えた』などの失礼なワードが後ろに列挙される。


 どうやら彼の言う『もしモジ』とは、15年前に放送されたテレビドラマ『もしもし、茂尻さん』のことのようだ。まだ2歳だった私の記憶にはないが、当時は作中で披露された『もしモジダンス』が世間でバズっていたらしい。


 当時の彼の写真を見つけると、思わず声を上げてしまった。


「えっ、何これ!?穂積さん、めっちゃ可愛いじゃないですか!!」


 ぷにぷにした頬とクリっとした目は、この年頃の男子ではかなりレベルの高い可愛さだった。『もしモジダンス』の動画を再生すると、幼少期の穂積はモジモジと恥ずかしがるような振り付けで踊っており、その仕草もまた愛おしかった。

 ニヤニヤしながら動画に夢中になっていると、穂積は次第に顔を赤らめて、私のスマホを遮ろうと手を伸ばしてきた。


「そろそろ見るのやめてくれないかな?昔の自分の姿、かなり恥ずかしいんだけど」

「えっ、いいじゃないですか。穂積さんにもこんな可愛い時期があったんだと思うと、いつまでも見てられますよ」


 私はスマホを取られないよう必死に抵抗する。やがて、彼は観念して「もう、好きに見てていいよ」と手を離したので、最後まで堪能させて貰った。


 5歳の穂積の可愛さに見惚れて、4分ほどのフルバージョンのダンス動画はあっという間に感じた。見終えた余韻に浸る中、私は画面で踊っていた当人へ問いかける。


「でも、どうして俳優の仕事が減っちゃったんですか?大きなスキャンダルはなさそうでしたけど」


 すると、彼は唇を噛んで答える。


「子役は成長していくにつれて世間のイメージと段々かけ離れていくし、俺の需要がなくなったのかも。あの時はそんなこと気にしてなかったし、むしろ学校生活とか勉強を優先したくて、小学校高学年になる前に芸能活動を休んだんだ。でも、演技を続けたい気持ちがやっぱり強くなって、高校へ進学した後に活動再開したよ。だけど、周りは未だに『もしモジ』のイメージしか俺にはなくて、なかなか仕事は来なかった。仮に作品に出れたとしても、サブスクとか深夜ドラマのちょい役ばかり。俳優業よりバイトで稼ぐほうが多い状態だよ」

「まさか、そんなに苦労されてるとは思いませんでした……」

「さっきの人たちみたいに、街中で声かけてもらうのはありがたいことだよ。でも、今の自分の置かれてる状況では、自信持って対応できないかな」


 『天才子役』の肩書きがあるのならば、成長しても他の作品に出続けられたはずだ。

 幼い頃から天才と呼ばれる者は、ほんのひと握りの成功者を除いて「子どもの頃が輝いていた」と世間から思われてしまうのだろうか。


「じゃあ、さっき神社の大楠に願っていたのって・・・・・・」

「俳優人生を少しでも長く続けられるように、って毎回お願いしているんだ。もちろん、自分なりに努力も続けてるし、神様に感謝も伝えてるよ。そうすれば、いつか運が味方してくれる気がするんだ」


 確かにあの大楠からは、並々ならぬパワーを感じた。元は一本の苗だったあの木は、最初は目立たない存在だったはずだ。それが何千年もの時を経て大きく育ち、多くの人たちに崇められる存在になったのだろう。


 穂積大樹という俳優は、強い精神を持つ人間だ。名前の通り大きい樹のように心が広く、私のようなメンタルが弱くて困っている人を助けてくれる。

 彼は『元・天才』なんかじゃない。将来成功する可能性を秘めているはずだ。


「穂積さんは凄いですよ」

「えっ、何が?」

「詳しい事情はわからないですけど、芸能関係の方々って下積みの時期が圧倒的に長そうじゃないですか。私だったら心が折れて、早い段階で諦めちゃうと思います。それだけ、お芝居に対する熱意と愛着が強いんですね」


 すると、穂積の表情が綻んだ。


「そんなことないよ。俺だって、しょげたくなるときが何度もあるよ。だけど、大人になってもチャンスが巡ってくると俺は信じてる。過去の栄光で終わらせず、このまま頑張ってみるね」


 彼はグッと拳を握り締め、決意を新たにする。『元・天才』の私も、彼を見習わなくては。


 そう感心していると、私のスマホが振動し始めた。



 電話?一体誰から?

 そういえば、時間的に学校の授業が終わって、もうすぐ部活動が始まる。



 画面を開くと、この前の試合でダブルスを組んだ、市川いちかわ由香里ゆかりからの着信だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る